ノンテクニカルサマリー

国際政治経済トリレンマ

執筆者 ジョシュア・アイゼンマン (南カルフォルニア大学、NBER)/伊藤 宏之 (客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

本稿は、「国際政治経済のトリレンマ」を考察したものである。国際政治経済トリレンマとは、政策担当者は、国家主権、グローバル化、民主主義の3つの政策目標や統治形態の中のうち2つを実行することができるが、3つすべてを実行することはできないということをさす。Dani Rodrikが2000年の論文でこの考え方を有名にした。

このトリレンマの枠組みを使うと世界のあらゆる国々で取られている政策目標や統治形態を説明することができる。例えば、ヨーロッパ連合(EU)加盟国は、それぞれ民主主義的な政体をもち、かつグローバル化されて国際経済や市場に対して開かれている。しかし、そのために加盟国は、自国の利益のみを追求し国家主権を主張することができない。

自国の国家的主体性を保ちながら経済のグローバル化を図る国もある。そのような国は、自国のルールや基準を作る際に国際的なルールや基準に合わせようとし、必ずしも民主的なプロセスで政策決定をするとは限らない。つまり、そのような国は自国民が民主的に決めた政策やルールよりも、多国的企業や国際機関が決めたルール、あるいは他国と行政機関(つまり、民主的に選ばれるわけではない官僚)が交わした条約や取り決めなどが国内基準を作る際のベースになる。この状態をトーマス・フリードマンは1999年の本で、“Golden Straitjacket(金の囚人服)”と名付けた(図1の三角形の頂点)。このように国家主権が強く、グローバル化の利益を享受している国は、民主主義の感覚を強めるか、あるいはグローバル化の度合いを弱めることでGolden Straitjacketから解放される。

国益優先の政策を民主主義国家の下で選択することも可能である。しかしその場合は、グローバル化の利益を享受することはできない(図1の三角形の左下の角)。1944年から1971年まで続いたブレトン・ウッズ体制は、加盟国が国家間の資本移動に規制をかけることを許容し、現在よりも国際貿易も規模が限られていたので、政治経済トリレンマの観点からすると、民主主義と国益優先の政策組み合わせであるといえる。

このように、「国家主権」、「民主主義」、「グローバリゼ-ション」の3つの政策目標・統治形態のうち、一度に2つは達成できるが、3つをすべて満たすことはできない。

本稿では、「国家主権」、「民主主義」、「グローバリゼ-ション」の3つを数値化し、1975-2016年、139カ国分作成した。そしてその数値の加重平均が定数になれば、その3つの数値は直線関数の関係にあるといえる、つまり、「国家主権」、「民主主義」、「グローバリゼ-ション」の3つの変数はトリレンマの関係にあると仮定し、それを計量数学的に証明できるか分析した。

回帰分析の結果、先進国では、民主主義の度合いがサンプル期間一貫して高く安定していることから、3つの変数のトリレンマではなく、グローバル化と国家主権のジレンマ、つまり二者一択の関係にあることがわかった。また発展途上国は、Rodrikが主張するように、トリレンマの状態にあることが分かった。

3つの変数を注意深く見てみると、全般的に、先進国では民主主義のレベルは安定して高留まりしているのに対し、国家主権の度合いは下降トレンドにあり、グローバル化の度合いは上昇基調にあることがわかった。発展途上国では、国家主権の度合いが低下しており、民主主義とグローバル化の度合いが上昇基調にあり、現在は3つすべての指数が中程度のレベルに集まっている状態にあるということも分かった。

さらに本稿では、3つの政策・統治形態が政治的、あるいは金融市場的安定性にどのように寄与するか分析した。その結果、民主主義の度合いが高い先進国ほど政治的不安定を経験する傾向が強く、発展途上国では、民主主義の度合いが高いほど政治的に安定する傾向が強いことがわかった。また、先進国では、国家主権の度合いが低いほど政治的安定性が高く、発展途上国ではその逆が見られた。グローバル化に関しては、その度合いが高いほど、先進国・発展途上国ともに政治的安定性、経済的安定性が高いことが分かった。

表1: 『政治経済のトリレンマ』
表1: 『政治経済のトリレンマ』
参考文献
  • Friedman, Thomas L. 1999. The Lexus and the Olive Tree: Understanding Globalization. New York: Farrar, Straus and Giroux.
  • Rodrik, D. 2000. "How Far Will International Economic Integration Go?" Journal of Economic Perspectives, Volume 14, Number 1 (Winter 2000), Pages 177–186.