ノンテクニカルサマリー

企業年齢、生産性および無形資産

執筆者 細野 薫 (ファカルティフェロー)/滝澤 美帆 (学習院大学)/山ノ内 健太 (慶應義塾大学)
研究プロジェクト 企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析」プロジェクト

企業は、設立後、どのように成長していくのか。例えば、創業間もない企業の規模は小さいと考えられるが、その雇用や生産性の伸び率は高いのだろうか。もしそうであれば、そのメカニズムはどのようなものだろうか。こうした問いは、産業組織論やマクロ経済学の観点のみならず、政策的にも重要と考えられる。なぜなら、創業間もない企業が雇用や生産性の成長に重要な役割を果たすのであれば、必要な政策支援などは効果が高い可能性があるからである。このように、企業の年齢に伴う成長の実態とそのメカニズムを明らかにすることは、経済学的にも政策的にも重要な課題であるといえる。こうした問題意識のもと、本研究では、企業成長を分析するための理論的枠組みを提示するとともに、日本の大規模な企業レベルのデータセットを用いて、企業年齢と企業成長との関係を明らかにすることを目的としている。

これまでの研究は、企業年齢と規模・生産性との関係に関して2つのメカニズムに着目してきた。1つは、セレクション(選択)のメカニズムである。これは、企業は年齢とともに、自らの生産性を学習していき、低い生産性であることが判明した企業は退出し、高い生産性であることが判明した企業だけが生存するので、生存企業の平均生産性は、年齢とともに高くなるという考え方である(Jovanovic, 1982)。もう1つは、組織資本の蓄積に着目している(Hsieh and Klenow, 2014)。組織資本は生産性の向上に役立つが、その蓄積にはコストと時間がかかるため、企業年齢とともに組織資本が蓄積され、生産性が上昇する、という考え方である。

このうち、われわれは比較的実証分析が少ない組織資本の蓄積に着目する。具体的には、まず企業年齢とともに売上がどのように増加するかを明らかにし、次に企業成長における無形資産の役割を分析する。そのために、企業の売上を①物的生産性(TFPQ)、②マークアップ、③投入要素価格にかかる歪みの3要因に分け、それぞれの要因が企業年齢とともにどのように売上の増加に寄与するかを分析する。売上をこの3要因に関連付ける枠組みの提示も、本論文の貢献の1つである。最後に、企業レベルで推計した無形資産のデータを用い、売上の3つの要因それぞれに対する無形資産の寄与を推計し、年齢とともに蓄積される無形資産が売上の増加に寄与するメカニズムを明らかにする(図1)。

図1:分析の枠組み
図1:分析の枠組み

主に使用するデータは、企業活動基本調査の個票によるパネルデータであり、期間は1991年および1994年から2015年である。われわれは、このデータセットを用い、まず、売上は参入後およそ30年にわたり、増加することを確認した。次に、売上の3要素が年齢とともにどのように推移するかを確認した。図2に示すとおり、売上は年齢とともに概ね設立後30年間増加しているが、これは、主に物的生産性が年齢とともに上昇していることが寄与している。年齢とともにマークアップも上昇しているが、マークアップの上昇は売上の減少要因である。また、参入後しばらくは年齢とともに要素価格への歪みは低下し、売上の伸びに寄与しているが、その定量的効果は小さい。

図2:企業年齢と売上、物的生産性、マークアップ、および、投入価格への歪みとの関係
図2:企業年齢と売上、物的生産性、マークアップ、および、投入価格への歪みとの関係

次に、無形資産と3要素との関係を分析した。無形資産は、組織資本、ソフトウエア(IT資本)およびR&Dストック(知識資本)の合計である。分析の結果、企業年齢とともに無形資産の蓄積が進むが、無形資産、とりわけ組織資本は物的生産性に正の影響を与えており、売上増加の主要因となっていることが明らかになった。これは、無形資産の蓄積以外の年齢の効果(例えば学習効果)も考慮した結果である。無形資産の蓄積が売上に及ぼす定量的影響をシミュレーションによって把握したところ、無形資産は主に物的生産性を通じて売上の増加に寄与していることが明らかになった。無形資産のなかでは、特に組織資本の役割が大きいことも判明した(図3)。

図3:組織資本の各要素(物的生産性、マークアップ、投入価格への歪み)への影響がなかった場合の仮想的な売上
図3:組織資本の各要素(物的生産性、マークアップ、投入価格への歪み)への影響がなかった場合の仮想的な売上

本研究の結果を基に考えると、無形資産の蓄積を進めて経済全体の生産性を高めるうえで、新設企業は重要な役割を果たすといえる。一方で、新設企業が直面する低いマークアップや比較的高い要素価格は、企業成長の大きな妨げになっているとはいえない結果となった。新設企業に対しては、無形資産の蓄積とそれに伴う生産性上昇を促進する政策の有効性が高い可能性がある。

参考文献
  • Hsieh, C. and P. J. Klenow. The Life Cycle of Plants in India and Mexico. Quarterly Journal of Economics, 129(3): 1035–1084, 2014.
  • Jovanovic, B. Selection and the evolution of industry. Econometrica 50, 649–670, 1982.