ノンテクニカルサマリー

企業の異質性は男女所得格差にどのような影響を与えているのか―女性の就業企業選択は現在および将来男女賃金格差にどのような影響をおよぼすか

執筆者 山口 一男 (客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

本稿は(1)就業企業の異質性、特に各企業がその正規雇用者所得にもたらす影響、は正規雇用の男女所得格差に影響を及ぼすか、(2)もし及ぼすならば、どういうメカニズムで及ぼすのか、(3)男女所得格差を「企業内所得格差」と、男女の就業企業が異なることから生じる「就業企業の選択効果による所得格差」に分解する場合、企業内の男女の人的資本(学歴、年齢、勤続年数)の違いを仲介変数として考慮すると、どのような成分があり、その影響度はどれほどか、(4)正規雇用女性の継続就業・離職を通じた就業企業選択は、「所得上より有利な企業にとどまる傾向」という合理的判断を反映するか否か、といった問いに一定の答えを与えることを意図している。

特に正規雇用の男女所得格差を「企業内所得格差」と「企業選択効果による所得格差」に分解するにあたって、本稿は観察される状況と、各企業層内で女性の人的資本(学歴、年齢、勤続年数)が男性と同等になる状況の2つの異なる状況(状況1と2)を考えそれらの2状況についてさらに、女性の就業企業層分布が実際に観察される状況(状況1A、2A)の場合と、男性と同じになる状況(状況1B、2B)の場合を考える。ここで「企業層」というのは上記の分解に理論的に関係する標本における従業者規模、と従業者の女性割合が共に同一である企業の集まりで、その各々を1つの企業層としている。

一般に性別が所得に影響するのには以下のモデルを仮定している。

図:状況1と2の説明図
図:状況1と2の説明図

ここで、「性別(G)」から「所得の高い企業層(FS)」へのパスが負の符号を持つのは、所得の高い企業層に対し女性の結婚・育児期の継続就業率が高くなることから生まれる選択効果を意味し、これは下記の仮説2で検証する。また「企業層内の人的資本(X)」から「所得の高い企業層(FS)」へのパスが正の符号を持つのは、主として学歴の高さが所得の高い企業に就業することに結び付きやすいことを反映し、逆に「所得の高い企業層(FS)から「企業層内の人的資本(X)」へのパスが正の符号を持つのは、所得の高い企業層がより長い勤続年数に結び付きやすい傾向を示し、これらは下記の仮説3で検証する。

また一般に上記の図は「観察される状況(状況1)を表すが、その状況では性別(G)が以下の6つの経路を通じて所得(Y)に影響することを示している。まず企業選択への男女の違いを介さない「企業内男女所得格差」は図において
 (1)G→Y
 (2)G→X→Y
の二つの経路を含む。これらの経路は共に正の効果をもたらすので、「企業内男女所得格差(男性対女性)」は正の値を持つ。

一方、「企業選択効果による男女所得格差」は図2においてFSを通過する経路で
 (3)G→FS→Y
 (4)G→FS→X→Y
 (5)G→X→FS→Y
 (6)G→X→FS→X→Y
の四つの経路を含む。

一方、企業層内の女性の人的資本が男性と同等になる状況(状況2)では上記の図にいて「性別(G)」から「企業層内の人的資本(X)」へのパスG→Xが除かれる状況を意味する。すると、「企業内所得格差」は経路(1)のみになり、「企業選択を通じた格差」は経路(3)と経路(4)のみになる。このことから以下の3つの仮説が成り立つ。

まず状況2では正の効果を持つ経路(2)が「企業内所得格差」から除かれるので以下の仮説が成り立つ。

仮説1:各企業層内で女性の人的資本が男性と同じになる状況では、企業内の男女所得格差は減少する。

同じく状況2では「企業選択効果による所得格差」に関しては共に負の効果を持つ、G→FS→YとG→FS→X→Yの2経路のみとなるので、以下の仮説が成り立つ。

仮説2:各企業層内で女性の人的資本が男性と同じになる状況では、企業選択効果による男女所得格差は負の値を取る(選択効果は男女所得格差を減少させる)。

さらに「企業選択効果による所得格差について状況1では共に正の値を取るG→X→FS→YとG→X→FS→X→Yの2経路が含まれ、状況2ではこれらの2経路が含まれないが、これらの2経路は共に、主として男性が女性より高学歴であることにより、より有利な企業に就業することからくる生じる格差を意味するので、以下の仮説が成り立つ。

仮説3:状況1Aを状況2Aと比べた企業選択効果と、状況2Aを状況2Bと比べた企業選択効果の値の差は正の値を取る。

以上の仮説を2009年に経済産業研究所が行った『仕事と生活の調和(ワークライフバランス)に関する国際比較調査』の日本調査の企業と従業員のリンクデータに当てはめたところ以下の結果を得た。

表:男女所得格差の要素分解
表:男女所得格差の要素分解
注:数字の単位は一万円、括弧内の数字は標準誤差である。企業選択効果の推定値の標準誤差は、DPの付録で述べた方法に基づいて推定された。また〇で囲まれた記号は対応するパス、① G→Y, ② G→X→Y, ③ G→FS→Y, ④ G→FS→X→Y, ⑤ G→X→FS→Y、⑥ G→X→FS→X→Yを意味する。

この表の対応箇所が示すように、仮説1~3は全てデータで支持された。なお仮説1~3の政策インプリケーションはそれぞれ以下である。

(1)企業内男女所得格は企業層内で男女の人的資本が同等となっても30%としか除去できない。なお筆者は以前の研究(山口2017)は、残りの説明されない格差が主として企業内の管理職昇進率の違いによることを示した。

(2)女性の継続就業にはワークライフバランスの問題だけでなく、将来的にその企業で働くことの所得上の有利さと関連する離職の機会コストも重要だと思われる。女性の主として結婚育児期の継続就業の有無を通した企業選択はそれがなければ、実際に生じた正規雇用者の男女所得格差を5%(9.26/182.99=0.050)ほど増大させていたはずである。

(3)大卒率に関する男女の同等化は、女性の人的資本向上自体が企業内でのより高い所得に結び付くことで企業内男女所得格差を減少させることに加え、学歴の高さが所得上より有利な企業への就業に結び付くことと、さらにはその有利な企業への就業が勤続年数を伸ばすこと、からくる男性の有利さ取り除く効果もあり男女賃金格差解消に有効である。ただし山口(2017)が示したように、女性の学歴が向上しても、それが女性に多いヒューマン・サービス系で所得の比較的低い「タイプ2型専門職」(山口、2017,3章)に吸収されるならばこの効果には大きな限界がある。

参考文献
  • 山口一男 2017. 『働き方の男女不平等―理論と実証分析』日本経済新聞出版社。