ノンテクニカルサマリー

非関税措置と企業の輸出活動:日本の製造業企業の実証分析

執筆者 小橋 文子 (青山学院大学)
研究プロジェクト 企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析」プロジェクト

国境を越えた企業活動がますます増大するなかで、非関税措置(Non-Tariff Measures: NTMs)が自由で公正な国際貿易を阻害する可能性に注目が集まっている。通常の輸入関税以外の、商品貿易の取引数量や価格に影響を及ぼしうる政策措置を総称して非関税措置と呼ぶ。非関税措置には、国境での伝統的な水際措置(数量制限・割当や価格統制など)だけでなく、商品の品質、性能、大きさといった特性や生産方法・製造工程などについて定められている「基準」およびその基準に適合しているかについて判断する「認証制度」をはじめとする国内措置も含まれる。前者の水際措置は、明らかな貿易制限的措置である。一方、後者の国内措置の多くは、消費者の健康や安全の保護、環境保全といった公益の観点から品質要求や情報提供義務を課すものであり、必ずしも貿易制限を意図したものではない。しかし、例えば、自動車の安全性確保・公害防止のための技術要件やその試験方法、遺伝子組換え食品の表示義務制度、ホルムアルデヒドなど化学物質を発散する建築資材の使用条件などについて、各国は独自の規制を設けている。各国間で異なる規制が設けられていることで、実質上、国産品と輸入品が差別的に取り扱われると、規制の存在は貿易制限的な効果をもたらしうるだろう。

こうした問題意識の下、本研究では、非関税措置の中でも「貿易の技術的障害(technical barriers to trade: TBT)」や「衛生植物検疫(sanitary and phytosanitary : SPS)」措置といった技術的な規制に注目し、規制の国家間差異が企業の輸出活動にどのように影響を与えているのかを検証した。具体的には、非関税措置に関する国連貿易開発会議(UNCTAD)の新しいデータベースを活用し、日本の製造業企業の売上高内訳データと結び付け、各企業がある外国へ輸出しようとする際に潜在的に直面する技術規制体系を特定した。そして、当該企業が日本国内で遵守しなければならない規制体系と比較して、輸出先における規制を追加的に遵守するために直面する費用負担の指標を構築した。この指標を用いて、外国の技術規制の追加的遵守負担が日本の製造業企業の輸出意思決定および輸出規模に与える影響について一連のデータ分析を行った。

本研究では、少なくとも北米市場向け輸出においては、中小規模の企業が直面する技術規制の追加的遵守負担が大きくなるほど輸出確率が低下する一方、追加的遵守負担の負の影響は企業の生産性水準が高いほど緩和されるという統計的に有意な結果が得られた。また、実際に輸出している企業の間では、技術規制の追加的遵守負担が大きいほど輸出規模は小さいことが分かった。こうした傾向は、以下のプロット図から概観することができる。北米向けに輸出していない企業を示す灰色プロットは、領域全体に散らばって分布している。一方、青色プロットは実際に北米向けに輸出している企業で、バブルの大きさは各企業の輸出額の相対規模を示す。青色プロットは、領域全体ではなく直角三角形の形状で集中しており、生産性水準が高いほど、たとえ輸出に際して技術規制の追加的遵守負担に直面しているとしても、その負の影響を克服して輸出市場へ参入できているように見受けられる。

図

中小規模で生産性の低い日本の製造業企業にとっては、輸出に際して直面する技術規制の追加的な遵守負担が、輸出規模に対してだけでなく、輸出するかしないかという意思決定に対しても負の影響を及ぼしている。こうした分析結果を、企業が直面する遵守負担を削減するために国家間で技術規制を統一しなければならないという主張に短絡的に結びつけるつもりはない。とはいうものの、各国が多様な独自の規制を策定し複雑に運用することで、実質的に国産品と輸入品が差別的に取り扱われ、WTOの基本原則である無差別原則(内国民待遇)が満たされない状況は避けなければならない。自由で公正な国際貿易を保証するために、国家間で規制をすり合わせ、不必要な規制の差異をなくし、規制をなるべく調和させていくような各国の努力と国際協調が求められる。

さらに、中小企業が外国の技術規制に円滑に適応し、輸出活動を力強く展開できるような政府の支援策が期待される。例えば、貿易・投資円滑化ビジネス協議会では、企業へのアンケート調査に基づき毎年「各国・地域の貿易・投資上の問題点と要望」を取りまとめ、日本政府等に働きかけている(http://jmcti.org/mondai/top.html)。貿易に係る技術規制をめぐって企業が抱える懸念やニーズを引き出し、諸外国における技術規制の実態把握に努めるとともに、通商交渉での議論に企業の要望を反映させていくことの意義は大きい。また、日本企業が輸出に際して遵守しなければならない諸外国の技術規制をはじめ、貿易実務に係る最新情報をワンストップで入手できるような仕組みづくりが求められる。関係機関が一丸となって、欧州委員会のMarket Access Database(https://madb.europa.eu/madb/indexPubli.htm)のような貿易支援のためのポータルサイトが日本でも整備、運用されることが望まれる。