ノンテクニカルサマリー

日本経済における資源の再配分による産業のダイナミクス―事業所・企業統計調査及び経済センサスによる実証研究―

執筆者 深尾 京司 (ファカルティフェロー)/権 赫旭 (ファカルティフェロー)/金 榮愨 (専修大学)/池内 健太 (研究員)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

少子高齢化による人口減少に直面している日本経済にとって生産性向上は喫緊の課題である。しかし、よく知られているように実際には、日本の労働生産性は米国の約57%であり、全要素生産性(Total Factor Productivity, TFP)も約62%と低い(経済産業省、2013)。また1990年代以降、アメリカへのキャッチアップはほとんど停止している。現在の日本経済に対する正しい処方箋を出すための第一歩として重要なのは、日本経済の生産性成長の現状を理解することである。

JIPデータベースによるマクロ・産業レベルの研究で明らかになった、1990年代以降の生産性成長の低迷がどのようなメカニズムで起こっているかに関しては、ミクロデータを使った多くの先行研究が行われてきた。その多くは、1990年代以降の事業所・企業内部の生産性成長率の低迷と負の退出効果を指摘している。製造業事業所を対象にした1980年代からの生産性分析は、1990年代以降の生産性成長の低迷の原因として、主に事業所・企業内部の生産性成長が低迷したことに起因することを明らかにしている(Fukao, Kim, and Kwon, 2008)。また、企業・事業所間の資源の再配分に関しては、共通して生産性が産業の平均より高い事業所・企業の退出が1990年代以降も続いていることを指摘している(Nishimura, Nakajima, and Kiyota, 2005; 深尾2012)。

これらの研究は日本経済に関する重要な示唆を与えてくれるが、明確な限界もある。多くの研究が製造業企業・事業所に限られているため、非製造業は分析されていないこと、非製造業を対象とした研究のほとんどは一定規模以上の企業・事業所のみを対象にしているため、日本経済全体の生産性を分析するには至っていないことなどが指摘できる。

2012年に実施された『経済センサス活動調査』は日本の事業所及び企業を網羅する調査としては初めて売上や中間投入を調査することにより、非製造業や小規模事業所を含め経済全体の労働生産性動向を事業所レベルで把握することを初めて可能にしてくれた。本研究は2012年の同調査によって可能になった、事業所・企業レベルの労働生産性の分析を中心に、『事業所・企業統計調査』から『経済センサス活動調査』までの事業所・企業のダイナミクスを分析することによって、生産性のダイナミクスを解明する初めての試みである。

『事業所・企業統計調査』を用いて1990年代末から近年にかけて事業所レベルのダイナミクスを見ると、単独事業所のウェイトが下がり、支所事業所のウェイトが大きくなることが分かる。図1は1999~2001年の2年間、事業所形態の変化とそれぞれのグループの従業者数の純増をまとめたものである。従業者数全体の変化をドライブするのは、単独事業所と支所事業所の参入と退出で、単独事業所の退出による従業者数減少が支所事業所の退出による授業者数の減少を上回るが、参入に関しては支所事業所の貢献が若干上回る。

図1:事業所形態別の従業者数の変化(1999-2001年、百万人)
図1:事業所形態別の従業者数の変化(1999-2001年、百万人)
注:『事業所・企業統計調査』より著者作成。グラフの横軸は1999年の事業所の形態を、奥行きの軸は2001年の事業所の形態を表しており、グラフの高さは従業者の純増を表す。

しかし、同様の分析を2012~2014年の2年間に対して行うと支所の貢献が参入でも退出でもはるかに大きくなっていることが分かる。本所事業所の貢献の増加と合わせて考えると、複数事業所を持つ、相対的に規模の大きな企業の参入と退出が経済に与える影響が以前よりはるかに大きくなったことが分かる。

図2:事業所形態別の従業者数の変化(2012-2014年、百万人)
図2:事業所形態別の従業者数の変化(2012-2014年、百万人)
注:『経済センサス活動調査』と『経済センサス基礎調査』より著者作成。グラフの横軸は2012年の事業所の形態を、奥行きの軸は2014年の事業所の形態を表しており、グラフの高さは従業者の純増を表す。

2012年の事業所別労働生産性を用いて、2009~2014年の間に事業所間の資源の再配分がもたらした労働生産性の向上がどのような要因に起因するかを分析した結果が図3である。存続事業所間で生産性の高い事業所の拡大(生産性の低い事業所の縮小)による効果が労働者一人あたり(以下同様)5.6万円、生産性の高い事業所の新規参入による効果は9.2万円だったのに対して、退出効果は約―14万円であり、生産性の高い事業所の退出が続いていることを示している。そのため、存続事業所や新規参入事業所の正の貢献にもかかわらず、再配分による経済全体の労働生産性の成長は1万円程度にとどまっている。

図3:資源の再配分による労働生産性成長の要因分解(2009-2014年、万円/人)
図3:資源の再配分による労働生産性成長の要因分解(2009-2014年、万円/人)
注:『経済センサス活動調査』と『経済センサス基礎調査』より著者作成。本文の式(3’)に従って集計された2009年~2014年の労働生産性成長の要因分解の結果。

このような負の退出効果が一部の生産性の極めて高い企業・事業所によってもたらされていると指摘している先行研究もある。図4は各産業の退出事業所を生産性の高い順に並べ、従業者シェアをウェイトとして産業の退出効果にどのような貢献をするかを描いたものである。生産性が高いほど、退出事業所の経済への貢献は負の大きな値になるため、原点に近いほど負の貢献が大きくなっている。製造業の場合、退出事業所の多くが高い生産性を示しており、負の退出効果は一部の事業所によってもたらされているとは思われない。しかし、宿泊業、飲食サービス業や卸売・小売業などの非製造業は一部の生産性の高い事業所の退出によって負の退出効果の殆どが説明できる。

図4:産業別労働生産性成長に対する退出事業所の貢献
図4:産業別労働生産性成長に対する退出事業所の貢献
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注:『経済センサス活動調査』と『経済センサス基礎調査』より著者作成。労働生産性の高い順に事業所を並べたとき、2009年~2014年にかけて退出した事業所の産業の労働生産性成長への累積貢献。横軸は2009年における退出事業所の従業者シェアの累計、縦軸は退出事業所による産業の労働生産性への貢献の累積。

本研究によって、事業所におけるダイナミクスの中心が単独事業所・企業から複数事業所・企業に移りつつあることや負の退出効果が経済全般で大きな規模で観察されること、その様子が産業によって大きく異なることなどが分かった。これらの事実は日本経済の生産性ダイナミクスを理解するうえで有益な示唆を与えると同時に、複数事業所を持つ企業はどのように事業所の閉鎖と開設を決めているのか、なぜ経済全体の平均よりも労働生産性の高い事業所が閉鎖されるのか、等について今後のさらなる研究の必要性を示唆している。