ノンテクニカルサマリー

機械学習手法を用いた不正会計の検知と予測

執筆者 宇宿 哲平 (あずさ監査法人)/近藤 聡 (あずさ監査法人)/白木 研吾 (あずさ監査法人)/菅 美希 (KPMG LLP)/宮川 大介 (一橋大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

本研究は、報告者の意図としてなされる「財務諸表における虚偽表示」(いわゆる「不正会計」)を対象として、企業レベルのデータを用いた検知と予測を試みたものである。その特徴としては、(1) 既存研究が用いている古典的な分析手法(例:人が選択した変数に基づくプロビット推定)の代わりに機械学習手法を用いることで高次元の変数に基づく不正会計の「検知」を行った点、また、(2) 既存研究において十分に検討されていない不正会計の「予測」に取り組んだ点が挙げられる。

本邦上場企業を対象とした分析の結果、所与の変数群から検知を目的とした情報抽出を「自動的に」行う機械学習手法の利用そのものが検知精度の改善に一部貢献するほか(下図【パネル1】モデル1→2、変数群は固定・手法を変更)、当該手法の利用によってはじめて参照可能となる高次元の変数利用(注:古典的な分析手法ではこの点が困難)が検知精度の大幅な改善に貢献していることを確認した(下図【パネル1】モデル2→6及び12、変数群を拡充)。また、機械学習ベースのモデルが実務的観点から十分な水準の予測精度を実現できることも確認した(下図【パネル2】)。これらの結果は、既存研究が参照していない変数群に、不正会計の検知・予測に有用な情報が多く含まれていることを示すものである。

図:不正会計フラグ2(重大な不正会計イベントに付随して修正が必要となったミスレポーティイングを含むもの)の検知[パネル1]と予測[パネル2]精度
図:不正会計フラグ2(重大な不正会計イベントに付随して修正が必要となったミスレポーティイングを含むもの)の検知[パネル1]と予測[パネル2]精度

<幾つかの論点>

本研究の分析結果は、高次元の情報を用いた機械学習手法ベースのモデル構築が、検知・予測精度の改善に寄与することを示しているが、実務的観点からは、幾つかの論点に関する追加的な議論が必要となる。

第一に、本稿で用いた機械学習手法ベースの検知・予測モデル構築に際して、様々なhyper parameterの設定が必要であることに注意が必要である。本稿で得られた結果がこれらのパラメータの設定に大きく依存しないことは確認しているが、「機械学習手法を用いることで予測モデル構築にかかる全ての作業を自動化できる」という誤った理解は避ける必要がある。

第二に、本稿で採用した機械学習手法以外にも、不正会計の検知・予測に利用可能な手法が多く存在する点を認識しておく必要がある。実際に、本稿の共同研究者であるあずさ監査法人が他の機械学習手法を用いて行った分析においても、良好な検知精度が実現されており、将来的には「異なる手法から得られた検知・予測スコアを再度合算する」ことでより頑健性の高い検知・予測を行うことも一案と考えられる。また、本稿で得られた知見を活用することで、検知・予測の観点から相対的に重要と考えられる限られた数の変数群を特定し、使い勝手の良いコンパクトな検知・予測モデルを構築することも有益であろう。

第三に、社会・経済環境、会計基準が変化した場合に構築したモデルが影響を受け、検知・予測精度が低下する可能性があることを認識する必要がある。このような問題に対応するには、モデルの有効性を定期的にモニタリングする仕組みを構築し、継続的にモニタリングを実施することが重要である。

第四に、高精度の検知・予測スコアが構築できた場合、当該スコアをどの様に活用するかが次なる問題となる。高い確率で不正会計が発生している、もしくは発生する可能性があるとされた企業が存在するとして、「実際にどの様な点において不正会計の蓋然性が高く、どのような対応を現時点で必要とするかを検討する」ためには、現時点では専門的な知見を持ったスタッフによる高度な判断が必要となる。

第五に、政策的な観点からこうした検知・予測技術の発展をどの様に捉えるべきかという問題が存在する。例えば、不正会計の検知を対象とするモデルの詳細が完全に公知となった場合、何らかの事情から不正会計を行おうとする企業が、そうしたモデルに検知されにくい形での不正を試みる可能性もあるだろう。現実には、モデルの詳細が完全に共有されることは考えにくく、またモデルに検知されない形での不正の実施が必ずしも容易ではない可能性も高いため、こうしたある種の「イタチごっこ」がどの程度現実的な問題となるかは不明であるが、少なくとも政策的見地からは認識しておくべき論点と言える。

第六に、本稿では十分に取り扱わなかった因果推論の方向で議論を深める必要がある。特定の監査上の取り組みやガバナンス上の工夫を採用することで、「因果効果として不正イベントの発生を抑えることが出来るか否か」は、不正会計を未然に防ぐための方策を検討する意味で重要であろう。

相場操縦、クレジットカードの不正利用、保険金詐欺、リース詐欺など様々な金融不正(financial fraud)を対象とする検知・予測に機械学習手法を活用する動きが金融分野において進められている。企業の不正会計に関してもこうした動きが今後進展すると考えられるが、予測精度の改善と併せて上記の論点に基づいて議論を深めることが重要であろう。