ノンテクニカルサマリー

取引関係と資本関係が企業の研究開発に与える影響に関する実証分析

執筆者 山口 晃 (一橋大学)/池内 健太 (研究員)/深尾 京司 (ファカルティフェロー)/権 赫旭 (ファカルティフェロー)/金 榮愨 (専修大学)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

1. 背景・目的

昨今、わが国経済について労働力の増加や資本の増強に頼らない経済成長の源泉である生産性の成長が喫緊の政策課題となっている。特に、わが国では中小企業や非製造業といったウェイトの大きい業種業態の生産性低迷が課題となっており、これらの経済主体における生産性を上昇させることが重要である。とりわけ生産性成長の鍵と認識されているのが研究開発投資である。この研究開発投資についてその集約度(研究開発支出を売上高で除したもの)を企業規模別に米国と比較してみると、米国では小規模企業が研究開発投資に積極的であるのに対し、日本では大企業が研究開発投資に積極的であることが分かる(図1)。では、日本の中小企業はなぜ研究開発に積極的でないのであろうか。

図1:規模別研究開発集約度の日米比較(2015年)
図1:規模別研究開発集約度の日米比較(2015年)
(出所)総務省統計局、アメリカ国立科学財団資料より作成

本研究では「系列:ケイレツ」に代表される、わが国経済における大きな特徴である安定した取引関係や資本関係といった企業間ネットワークと研究開発投資の関係性に注目する。Ikeuchi et al. (2015) は取引先や親会社・子会社の研究開発ストックが企業の生産性を高める効果を実証的に示し、企業間ネットワークが中小企業をはじめとする経済主体の技術知識に影響を与えている可能性を指摘している。すなわち、安定した取引関係や資本関係のもとで、一部の大企業の研究開発投資の成果としての技術知識がネットワークの中の企業に共有されており、これが日本の中小企業が研究開発投資に積極的でない理由の1つになっている可能性がある。

そこで、本研究は中小企業において取引関係や資本関係のある他社の研究開発投資が自社の研究開発投資に対して負の影響(代替効果)があるという仮説を検証する、中小企業の研究開発投資の決定要因に関する実証研究の蓄積は十分とは言えない。また、取引関係と資本関係の両方に注目した研究は著者の知る限り存在せず、本研究が初の試みである。

2. データ・分析方法

本研究で利用したデータは総務省による「科学技術研究調査」の個票データと東京商工リサーチによる「企業情報データベース」である。これらは従業者数50人未満の小規模企業を含む財務情報や研究開発投資に関する情報、企業間の取引関係(顧客や部品納入者といった供給者)および資本関係(主要株主および出資先)に関する情報を含んでいる。

分析にあたって十分な情報量を確保できるサンプル数を最大限活用、約65万社から構成されるデータセットを構築した。計量分析については自社の研究開発集約度を被説明変数とし相手企業(取引関係や資本関係のある企業)の研究開発集約度の平均を説明変数とした線形回帰分析を行ったほか、その結果の頑健性を確認するために自社の研究開発行動を行うか否かを被説明変数とした最尤推定法を用いた。

3. 本研究の分析結果と政策的含意

図2は本研究の分析結果の概要を示している。明らかになったことは主に以下の2点である。
①中小企業において、取引・資本関係のある相手企業の研究開発は自社の研究開発と代替的である
②大企業において、取引・資本関係のある相手企業の研究開発は自社の研究開発と補完的である

図2:中小企業と大企業のR&D集約度に対する取引・資本関係先のR&Dの効果
図2:中小企業と大企業のR&D集約度に対する取引・資本関係先のR&Dの効果

本研究の分析結果は中小企業の研究開発行動が取引先や資本提携先の研究開発によって一部肩代わりされている可能性を示唆している。安定的な系列取引をしている中小企業の場合、製品や技術の面で取引先の大企業からのスピルオーバーが大きいことにより、基礎研究より応用のための開発のみに集中する可能性がある。取引先の大企業の研究開発行動で中小企業の研究の方向性が明らかになるため効率的になる可能性もある。また、これらの結果は、資本関係のない取引関係のハブになっている企業の研究開発を政策的に支援することにより、顧客や供給者など取引先の中小企業の研究開発投資を増やすプラスの波及効果が期待できる可能性を示唆している。

しかしながら、他方ではIkeuchi et al. (2015)は、資本関係で結ばれた企業の間では、技術知識のスピルオーバー効果が生産性を高める効果が大きい可能性を指摘している。そのため、研究開発支援政策の波及効果の総合的な評価のためには、企業間の技術知識のスピルオーバー効果と研究開発投資の戦略的な相互依存関係を統合した理論と実証の双方の研究の発展が求められる。

参考文献