ノンテクニカルサマリー

セレクション・バイアスの補正や属性の構造変化を考慮したリピートセールス法による東京都内の不動産価格指標の推計

執筆者 沓澤 隆司 (コンサルティングフェロー)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1. 分析の趣旨

本論文では、東京都内のマンションの取引価格を元に、リピートセールス法による不動産価格指標の作成を試みるものである。不動産価格指標は都市の経済活力を示す上で大きな役割を果たすことから、不動産の取引価格を形成する要因を分析して指標化する試みは、既に欧米では広く行われ、複数回で取引された不動産について異時点間の取引価格を時間ダミー変数で回帰させるリピートセールス法による指標が示されている。これに対して日本では回帰分析により不動産の価値をさまざまな属性(土地の形状、位置、用途、建物の構造、規模など)による価格への影響を分析するヘドニック法による不動産価格指標が示されているが、不動産価格に影響を与える変数が少なすぎることによる偏り(過小変数バイアス)の可能性が指摘されている。一方で、リピートセールス法も複数回取引されるサンプルのみが対象になることによる推計結果の偏り(サンプル・セレクション・バイアス)が発生する懸念が残されている。また、双方に共通する課題として、不動産の属性、例えば住宅の床面積や最寄り駅までの距離などが不動産価格に与える影響が、複数年の推移に応じて変化する構造変化の問題がある。

本分析は、こうした従来の分析方法の限界を踏まえ、Heckman (1979) が示した2段階推定法を用いて、サンプル・セレクション・バイアスを補正するとともに、不動産属性の構造変化を考慮したリピートセールス法による指標を試算するものである。

2. 分析方法と使用したデータ

本分析において使用したデータは、2007年4月から2018年3月までの東京都内におけるマンションの取引価格であり、その間に単独で取引された取引総数は93,659件に上るが、そのうち複数回取引の件数は4,115件(延べ8,230件)で全体の約8.8%となっている。本分析は、その複数回取引された不動産取引を対象にリピートセールス法による分析を行う。ただし、サンプル・セレクション・バイアスを回避するため、2回目の取引を行う選択についてプロビット分析による推計を行った上で、その選択によるバイアスを補正した価格関数を前提とする回帰分析を行った。また、住宅の床面積や最寄り駅までの距離などは複数回の取引間で数値は変わらなくても時系列の推移による影響の変化、すなわち属性の構造変化が見込まれることから年次ダミーとの交差項による分析を行うとともに、地域の防災性や周辺環境の変化も不動産価格に影響を与えることを想定し、地震時の建物の倒壊危険度や土地利用の状況を説明変数に位置付けた。ヘドニック法についても、不動産の属性を説明変数として、不動産価格の推計を行い、先のリピートセールス法による推計との比較検討を行った。

3. 分析の結果

分析の結果は、次ページの図のとおりである。すなわち、ヘドニック法による分析の場合、2010年を100とした場合の不動産価格指数は144.3であるのに対して、リピートセールス法による指数は構造変化なしのものが133.6、構造変化を反映させたものが129.9を示した。この数値は、現在公表されている住宅地や戸建て住宅の不動産価格指数により近接した数値を示していることが分かった。(2018年3月現在で住宅地は119.3、戸建て住宅109.6)

4. 今後の課題

不動産価格の推計に関しては、ヘドニック法、リピートセールス法いずれについても課題があり、更なる改善が求められる。特に、中古物件の場合の改修の程度の履歴情報の整備することや毎年建設されるマンションの耐久性向上を経年劣化の推計に反映させていくことが重要である。

また、こうした不動産価格の推計方法を改善することは、不動産や不動産が立地する都市地域の要因がどのように変化すれば、資産価値を上げることが可能になることを解明することに役立つ。例えば、本分析でも説明変数としている地震時における防災性の改善が資産価値の向上にどの程度つながるかを解明できれば、防災事業の便益を数値で明らかにし、事業の効率性の評価に活用することができる。このように不動産や都市地域に関わる政策効果を資産価値の変化で明らかにすることを可能にし、政策評価にも資することから、本分析を契機とした不動産価格の推計方法のさらなる精緻化は、不動産や都市地域に関わる政策の企画、立案の上からも大きな意義を有する。このため、今後は改善を加えた不動産価格の推計方向を政策検討のツールとして活用していくことが望まれる。

図:リピートセールス法とヘドニック法による不動産価格指数の比較
図:リピートセールス法とヘドニック法による不動産価格指数の比較
参考文献
  • Heckman, J. (1979) "Sample Selection Bias as a Specification Error" Econometrica 47, pp.153-161