ノンテクニカルサマリー

「仮想将来世代」の視点獲得による意思決定における効果の検証 -日本の自治体における討議実践のケーススタディ-

執筆者 原 圭史郎 (コンサルティングフェロー)/北梶 陽子 (広島大学)/杉野 弘明 (東京大学)/吉岡 律司 (岩手県矢巾町)/武田 裕之 (大阪大学)/肥前 洋一 (高知工科大学)/西條 辰義 (総合地球環境学研究所 / 高知工科大学)
研究プロジェクト 経済成長に向けた総合的分析:ミクロ、マクロ、政治思想的アプローチ
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「経済成長に向けた総合的分析:ミクロ、マクロ、政治思想的アプローチ」プロジェクト

気候変動、資源エネルギー問題、政府債務の増大など、地球システムや社会の持続性に関わる中長期的な課題が多く顕在化してきている。ヒトの特性である「近視性」や「楽観性」、また、将来世代の利益を取り込む仕組みではない「市場」や「民主制」といった現代の社会システムの下では、将来世代の利益を適切に考慮してこれらの中長期的な課題に対処していくことが困難であり、将来世代の利益を現代の意思決定に取り込むための新たな仕組みや社会システムが求められている。

近年、近視性を乗り越えた持続可能な意思決定を支えるための、さまざまな社会の仕組みをデザインする「フューチャー・デザイン」が提唱されている (Saijo 2019)。「仮想将来世代(将来省)」は、そのような社会の仕組みの1つとして提起されており、これまでの実験や実践から、持続可能な意思決定を支える仕組みとしての効果が実証されつつある。フューチャー・デザインの初めての社会実践は、2015年に岩手県矢巾町において住民参加のもと実施されている。この実践は、2060年の将来世代の代表者として意思決定に臨む役割を与えられたグループ(仮想将来世代)と現世代グループとが交渉し、世代間利害対立を乗り越えた意思決定を行うというものであり、このような枠組みが、将来世代の視点や利益も取り込んだ意思決定においても有効であることが明らかになっている (Hara et al 2019)。一方で、この枠組みは、現世代と仮想将来世代の双方が物理的に交渉をするというプロセスを導入するため、実際の政策立案等の現場での社会実装を考えると時間やコストを要するという課題が残った。

そこで本研究では、現世代と仮想将来世代が物理的に交渉をするという方法ではなく、討議参加者全員が現世代と将来世代の双方の視点から意思決定を行うより簡易なプロセスを導入し、そのプロセスにおける参加者の意思決定や判断の変化を詳細に検証した。具体的には、矢巾町の公共施設管理の2060年ビジョン設計とそれを支える施策の立案をテーマとして、2017年1月から3月の間に3度にわたる討議実践を行った。無作為抽出された1000人の住民の中から参加意思を示した住民26名が4グループに分かれてビジョン設計や施策立案の討議を行った。具体的には、参加者全員が1回目の討議では現世代の視点からのビジョン設計と施策立案を実施、2回目の討議では2060年の仮想将来世代の視点からのビジョン設計と施策立案を実施、3回目の討議では現世代、仮想将来世代のいずかの視点で最終的なビジョン設計と施策立案を実施するが意思決定の理由と将来へのアドバイスを残す、という3ステップで討議を行った(2017年1月、2月、3月中にそれぞれの討議を実施)。経済実験に基づく既往研究において、現世代と将来世代の双方の視点から意思決定を実施する仕組み(Shahrier et al 2017)、意思決定の理由を残し将来に対してアドバイスを残すという仕組み(Timilsina 2019)のそれぞれが、近視的な意思決定の克服に有効であることが示されていることから、本実践においてもこれらの既往研究の知見を応用した。

各回の終了後に全員にアンケートとワークシートへの記入を依頼し、回答内容をもとに1回目から3回目にかけて参加者の認知や意思決定にどのような変化が起きたかを分析した。アンケート票は、現世代と将来世代の関係性に関する認知を問う質問項目群、矢巾町に対する評価を問う質問項目群、ビジョン・政策決定の際に重要視した項目等を体系的に捉える質問項目群の、大きく3つの要素から構成されており、参加者には各質問項目に対して(全くそう思わない~非常にそう思う)の5件法で回答をしてもらった。各項目への回答結果を基に、1回目から3回目の討議後に回答に差が見られないか、対応のある一要因分散分析(回答時点:1回目、2回目、3回目)を実施した。その結果、例えば『自分たちの子供や孫たちの世代にも矢巾町に住み続けてほしい』という質問項目への回答が1回目から3回目に肯定的に変化するなど、現世代・将来世代の双方の立場を経験し相対化する中で矢巾町に対する住民の認識が変化することや、『今回討議した内容は、現代に生きる人たちに責任があるものだ』という質問項目に対する回答が2回目から3回目で変化するなど、現世代の責任帰属が強く認識されるという変化が起きること、等が分かった。また、第3回目のアンケートにおける質問項目の『今日の討議を行う際、自分は現代に生きる人の立場で物事を考えた』『今日の討議を行う際、自分は将来世代の立場で物事を考えた』という2つの項目への回答結果は、正の相関(r=.52, p<.05)があったことから、仮想将来世代の枠組みを導入した結果として、現世代・将来世代の視点は必ずしも対立項目ではなく、むしろ共存しうることが分かった。さらには、現世代と将来世代の両方の視点共有の度合が高いグループ(高群)と低いグループ(低群)でどのような傾向があるか検証するため、討議に臨む際に重要視した点について、被験者間1要因分散分析(3水準)によって分散分析を実施した。視点の主効果が見られ、多重比較の結果「視点共有度」の低群と高群に差が見られ、高群の特徴がでた質問項目としては『現在の自分たちが享受しているものは、将来の世代にも引き継がなくてはならない』などが挙げられる。また、ビジョンや施策立案においては『その施策が実現可能であること』と『未来の人たちが自分たちで選択できる余地を残しておくこと』といった項目を重視していることも分かった。

ワークシートについては、各回の討議においてグループで議論共有したビジョンやコンセプト等を参加者個人に記述してもらい、その記述内容をテキストマイニング等の手法で分析した。その結果、1回目の討議では参加者が、物理的なハコモノの改善を中心とした施策を多く提案していたのに対し、2回目の討議では生活の質を改善することをキーコンセプトとし、持続的に施設を維持していくためのビジョンや施策へと変化が起き、3回目の討議では、他地域との関係性を踏まえた最適解に焦点を当てた提案へとさらに変化が起きており、ワークシートからもビジョンの描き方や意思決定に大きな変化が起きていることが分かった。

以上の結果は、現世代と仮想将来世代の双方の視点から意思決定や判断を行うという「仕組み」を導入することにより参加者の意思決定やビジョンの描き方に変化が起きうることを示すものであり、持続可能な意思決定を導くための社会的な仕組みのデザインについて重要な示唆を与えるものである。

参考文献
  • Saijo T (2019) Future Design, in "Future of Economic Design: The Continuing Development of a Field as Envisioned by Its Researchers" Laslier, Moulin, Sanver, Zwicker (Eds.), Springer
  • Hara, K., Yoshioka, R., Kuroda, M., Kurimoto, S and Saijo, T (2019) Reconciling intergenerational conflicts with imaginary future generations - Evidence from a participatory deliberation practice in a municipality in Japan, Sustainability Science , 14(6), 1605-1619
  • Shahrier S, Kotani K, Saijo T (2017) Intergenerational sustainability dilemma and a potential solution: Future ahead and back mechanism, Kochi University of Technology, Social Design Engineering Series, SDES -2017-9
  • Timilsina, R.R., Kotani, K., Nakagawa, Y and Saijo, T (2019) Accountability as a resolution for intergenerational sustainability dilemma, Kochi University of Technology, Social Design Engineering Series, SDES-2019-2