ノンテクニカルサマリー

サプライチェーンと企業ダイナミクス:Double Machine Learning手法を用いた実証分析

執筆者 宮川 大介 (一橋大学)
研究プロジェクト 企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析」プロジェクト

企業の退出や成長(企業ダイナミクス)に関する潜在的な決定要因として、企業の取引関係(サプライチェーンネットワーク)に注目が集まっている。実務的な観点からも、どの様な顧客ポートフォリオを構築することが将来的な成長に繋がるのか、また、どの様な調達ネットワークを構築することが将来における不測の事態(例:倒産)を防ぐ意味で効果的かという問いは重要であろう。こうした問題意識を踏まえて、本研究では、企業のサプライチェーンに関する外生的な変化が当該企業の退出・成長に与える因果効果を推定する。

しかし、こうした因果関係をクリアに識別することは至難の業である。これは、サプライチェーンの構造自体がさまざまな要因によって規定されており、これらの要因が同時に企業ダイナミクスも規定しているためである(confounding factors)。そこで、本研究では、(株)東京商工リサーチ(TSR)から提供を受けた大規模・高次元企業レベルパネルデータと機械学習手法を用いて構築した企業ダイナミクスの予測モデルをベースに、Chernozhukov et al.(2018)等で提案されている、double machine learning手法を用いることで、企業のサプライチェーンネットワーク上のさまざまな中心性指標に関する「予期しない変化」と、当該企業の倒産、廃業、解散といった退出イベント及び売上高の成長に関する「予期しない変化」との相関を推定する。 多くの要因を予測の材料として用いた高精度の予測モデルでも予測しきれないこうした「予期しない変化」は、上記のconfounding factorsに直交しているという意味で「外生的な変化」であるとみなすことが出来、サプライチェーンに関する外生的な変化が当該企業の退出・成長に与える影響を推定する目的に照らして有用である。

表
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上表の左パネルは、こうしたdouble machine learning手法を用いて推定したネットワーク変数の予期しない変化が、予期しないデフォルトイベントとどの様に関係しているかを推定した結果である。第一に、局所的及び大域的なネットワーク中心性の上昇が退出確率と負の相関を有していることが確認された。第二に、局所的及び大域的なネットワーク中心性をコントロールした場合、中間的なサイズのクラスターで計測された中心性指標が退出確率と正の相関を有していることを確認した。第三に、これらの含意は、売上高の成長確率に関しても同様に確認された。第四に、ある種の局所的な中心性指標(サプライヤー数の変化)が、売上高の成長確率と負の相関を持つことも確認された。上表の右パネルは、こうしたdouble machine learning手法を用いずに単なるOLS推定を行ったものであるが、符号の反転や推定された係数の推定誤差の面で、結果にクリアな違いが認められるなど、confounding factorsの存在を考慮した推定の有用性を示唆するものとなっている。

これらの結果は、既存研究で報告されてきたサプライチェーン上の中心性と企業ダイナミクスとの相関関係を、因果関係に配慮した形で再確認したものであるほか、局所的な中心性指標と中間的なサイズのクラスターで計測された中心性指標に関するユニークな役割を示すものである。これらの知見を整理することで、企業にとって望ましい取引関係の構築戦略を効果的に検討することが可能になると考えられる。

参考文献
  • Chernozhukov, V., D. Chetverikov, M. Demirer, E Duflo, C. Hansen, W. Newey, and J. Robins, 2018. Double/Debiased Machine Learning for Treatment and Structural Parameters. Econometrics Journal 21(1): 1-68.