ノンテクニカルサマリー

自己同定の下での分断化と公共支出

執筆者 中川 万理子 (東京大学)/佐藤 泰裕 (東京大学)/山本 和博 (大阪大学)
研究プロジェクト 都市内の経済活動と地域間の経済活動に関する空間経済分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「都市内の経済活動と地域間の経済活動に関する空間経済分析」プロジェクト

本稿では、民族や人種といった面での少数派と多数派との間の分断と公共支出との関係を理論的に分析した。こうした関係は実証研究においてはすでに分析されてきており、以下のような結果が知られている。まず、多民族や多人種がいるということ自体が公共支出にどのような影響を及ぼすかについてはさまざまな結果が得られている。次に、多様な人々がいるということ自体ではなく、いる人々の間で分断が生じているということが公共支出を減らすという実証結果が得られている。本稿は、少数派が多数派に同化するかについて意思決定する理論を構築し、この分断と公共支出との関係を説明することを目的としている。

本稿の枠組みでは、少数派が多数派の社会に同化するかは、同化した時の所得増加、それに伴う文化的摩擦(もしくは同化の努力)からの不効用、同化した時の社会的ステイタスからの利益、の3つの構成要素により決まる。このうち、文化的摩擦は、自分以外の人々がどの程度同化するかに依存し、他の少数派の人々も同化するのであれば、この不効用は比較的軽くなり、他の少数派の人々は同化せず、自分だけが同化しようとすると、この不効用は大きくなる。こうした補完性のため、同化するかの意思決定については、落ち着き先が複数存在する、つまり、複数均衡が存在してしまう。図1はその様子を描いている。図においては、ある政府支出の下で、横軸に少数派のうち同化する人の割合をとり、縦軸に同化する誘因をとっているが、この誘因が正の値をとると少数派の人が同化する誘因を持ち、負の値をとると同化する誘因を持たない。このグラフが右上がりであることから、より多くの人が同化するならば、自分も同化したほうがよく、多くの人が同化しないならば、自分も同化しないほうがよい、という状況にあることが分かる。こうした複数均衡の存在は、多様な民族や人種がいること自体が分断を生じさせるかに直結しないことを示している。

図1:同化に関わる意思決定
図1:同化に関わる意思決定

こうした枠組みの下で、多数決という政治的意思決定によって決まる公共支出を求めると、分断が生じた場合、公共支出が所得再分配としての機能を持ってしまうため、公共支出が低くなってしまうことを示すことができる。こうした結果は、分断と公共支出についての実証結果と整合的である。ただし、公共支出自体は同化の誘因を下げるため、低い公共支出は分断を解消させる作用を持つことに注意が必要である。こうした作用にも関わらず、文化的な摩擦における補完性の効果が支配的であるため、分断した状態が維持されるのである。

以上の結果は、次のような政策的意義を持つと考えられる。まず、落ち着き先が複数存在する場合、政策により、より望ましい状態へと変化させることが可能である。本稿の枠組みでは、同化することが望ましいのに少数派が非同化を選んでいるような状況では、一時的に大きく公共支出を抑え、所得再分配機能を抑えることで、同化の誘因を相対的に大きくし、少数派が同化することを選ぶ状態へと移ることができる可能性がある。次に、政策的意思決定のあり方により、同化する状態としない状態のどちらが生じやすいのかが左右される。公共支出が所得再分配の機能を持つ可能性があるため、より公共支出を行いやすい政府の下では同化しない状態が生じやすくなるのである。近年、在留外国人が増加している日本において、政策が少数派の人々の社会への同化の意思決定に影響を及ぼす可能性を認識しておくことは、重要であると考えられる。