ノンテクニカルサマリー

研究プロジェクトの中止・継続がイノベーションの成果に及ぼす影響とその決定要因:全国イノベーション調査による定量分析

執筆者 羽田 尚子 (中央大学)/池田 雄哉 (科学技術・学術政策研究所)
研究プロジェクト 企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析」プロジェクト

イノベーションがもたらす生産性の向上や新規需要の創出は、企業成長に重要な役割を果たす。特に新規性の高いイノベーションは他社との競争を回避するので、企業収益や市場創造への貢献が期待される。本研究は、企業の研究開発マネジメントとイノベーションの新規性に焦点をあてている。

研究開発プロジェクトを進める際、アイデアから事業化に至る複数の工程(ステージ)で中間目標を設定し、プロジェクトの進捗を管理する方法がある。ある工程の成果が中間目標に達していれば、成果は次の工程へ移り、プロジェクトは「継続」されるが、未達であればプロジェクトの「中止」が検討される。このようなプロジェクト管理法(以下、ステージ型管理法と表記する)には中止の脅威があるため、これまで試みたことのない画期性あるプロジェクトが回避され、実現性の高い漸進的なプロジェクトばかりが選ばれるという主張がある(Manso, 2011)。これに対し、ステージ型管理法はリアル・オプションになっており、中止の脅威は技術面・商業面で実現性の高いプロジェクトを選別するので、イノベーションに適しているという主張もある(例えばDahiya and Ray, 2012)。そこで本研究では、ステージ型管理法を採用している企業の方が、属性の近い非採用の企業よりも画期性あるノベーションを実現しているのか、データに基づく分析を行った。

分析には、『第4回全国イノベーション調査』の企業レベルのデータを使用した。同調査では、市場に導入した新しい又は改善した製品・サービス(プロダクト・イノベーション)を、新規性の違いで2つに区分している。以前にいかなる競合企業も提供したことがないプロダクト(市場新規プロダクト・イノベーション)と、既に競合他社が提供しているものと同一又は類似しているが、当該企業にとっては新規性があるプロダクト(非市場新規プロダクト・イノベーション)である(詳細は、科学技術・学術政策研究所(2016)を参照)。これらのプロダクト・イノベーションの実現の有無やその売上高に占める割合(以下、売上比率と表記する)の情報を、イノベーションの新規性を代理する変数とした。また、調査対象期間(2012~2014年)で完了前に中止・中断したイノベーション活動の有無、もしくは調査対象年度末においても継続中の活動の有無を、ステージ型管理法の採用を代理する変数とした。

分析ではまず、ステージ型管理法を実施する企業と属性の近い非実施企業とを傾向スコアマッチングという方法でマッチさせた。次に、ステージ型管理法を実施する企業とマッチさせた非実施企業において、イノベーションの実現頻度や売上比率の平均値にどれくらいの差異が生じているか計算した。ステージ型管理法の採用が、イノベーションの実現や売上比率に与えるインパクトの大きさを概要図表1に示した。ステージ型管理法を採用する企業は属性の近い非採用企業と比べ、プロダクト・イノベーションの実現頻度は約7%高く、売上比率も約2%改善していた。市場新規プロダクト・イノベーションの平均売上比率は約3.5%(非市場新規プロダクト・イノベーションは約5.6%)程度であることを鑑みると、更に2.19%の売上比率の改善を実現できることは、大きなインパクトといえる。

概要図表1:ステージ型管理法がイノベーションの実現・売上比率に与えるインパクト

研究開発は不確実性の大きな活動であるが、本稿の結果から、研究プロジェクトの進捗を段階的に管理している企業では、新規性・収益性の高い製品を市場に導入しやすいことが示された。企業のなかには一度始めたプロジェクトを中止することすら難しい組織があるが、失敗をきちんと許容することができる組織の方がイノベーションに適していると示唆される。本稿の分析に用いたデータからは、プロジェクト管理の詳細な情報(例えば中間目標実施の有無、評価結果のフィードバックの有無など)を特定することはできない。どのような組織マネジメントがイノベーションに貢献するのか十分に理解するために、今後、研究組織のマネジメントに関するデータ収集・分析が求められる。これにより、企業が持続的に成長し、中長期的に企業価値を向上させる組織改革への政策的示唆を得ることができるだろう。

参考文献
  • Dahiya, S. and K. Ray (2012), Staged investments in entrepreneurial financing. Journal of Corporate Finance, 18, 1193-1216.
  • Manso, G (2011), Motivating innovation. Journal of Finance, 66, 1823-1860.
  • 科学技術・学術政策研究所(2016)「第4回全国イノベーション調査統計報告」, NISTEP REPORT, No. 170, 文部科学省科学技術・学術政策研究所.