執筆者 | 冨浦 英一 (ファカルティフェロー)/伊藤 萬里 (リサーチアソシエイト)/カン・ビョンウ (一橋大学) |
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研究プロジェクト | デジタル経済における企業のグローバル行動に関する実証分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「デジタル経済における企業のグローバル行動に関する実証分析」プロジェクト
ビッグデータや人工知能(AI)を活用したビジネスによってデータの流通・活用に注目が高まっているが、EUがプライバシーを重視してGDPR(一般データ保護規則:2018年5月適用開始)により個人データの域外移転を規制し始めた一方で、中国、ロシア、インド、ベトナム等の国々では政府が定めるデータの国外移転を制限するデジタル保護主義とでも呼ぶべき動きが見られる。従来の統計では越境データ移動はほとんど捕捉されておらず、海外でもOECDが48か国259社を対象にごく小規模な企業アンケートを行った例がある程度にとどまっている(OECD 2018)。そこで、多国籍企業内を含め移転している機微に渡るデータの中身について企業に報告を求めるのは難しいと考えられるため、規制の影響・対応やデータ収集に係る活動を聞くことによって、移転しているデータの質・量を間接的に推し量る狙いのもと、規制導入から間もないタイミングで規制前後を比較すべく、日本の製造業、卸売業、情報関連サービス業における中堅・大企業約2万社に本年4月に調査票を送付し、4千社を超える企業から回答を得た。その結果からは、いくつかの興味深い事実が明らかになった。
まず、越境データ移転規制の影響を受けているとの回答は、ごく一部の企業に限られている。GDPRの影響があるとする企業は5%に満たず、中国等の規制でも8%にとどまる。データ移転自体を問う質問は回答が難しいと予想されたため、最近導入された規制の影響を問うたものだが、規制の影響がある程の大量または機微にわたるデータを日常的に移転している企業は少ないことの間接的な証左と見ることができよう。
しかし、IoTを導入し海外でデータを収集している企業について見ると、図1のように、中国等のサイバー・セキュリティ規制の影響があるとする企業の方が、影響がないとする企業よりも多い(注1)。これらの企業は、社数としては少ないとはいえ、大規模で活発に国際展開していると考えられることから、取引関係等を通じて多くの企業に影響が及ぶことが予想され、越境データ移転規制の影響は過小評価すべきでない。今世紀に入ってからの国際経済学は、輸出や海外直接投資等の国際展開を行う企業がごく少数であることを多くの国々で確認しており、デジタル貿易についても同様の事実が見られるということであろう。今後は、企業の基本特性について情報を蓄積している政府統計ミクロデータと今回の調査結果をリンクして、どのような特徴を持つ企業が越境データ移転を行っているのか解明していく予定である。

今回の調査では、規制に対する企業の対応についても質問した。社内で越境データ移転の責任者を問うたところ、図2のように、担当者レベルから管理職や役員レベルに格上げされた例があったが、その変化は僅かで、7割を超える企業で依然として責任者を決めていない状態にある。この他の対策についても講じていない企業が多く、規制が深刻な影響を与えることがないか今後とも注視していく必要がある。

今回の調査では、企業のデータ収集活動等についても尋ねたが、最近導入された規制の影響については企業の主観的な評価を質問したもので、国境を越えて移転されるデータの経済的価値の計測に直結するものではない。とはいえ、デジタル貿易が経済に与える影響は大きいと見込まれることから、今回の調査は、今後更に詳細な情報収集を行う第一歩と位置付けられる。
- 脚注
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- ^ なお、EUのGDPRについて、同様にIoTを導入して海外でデータを収集している企業に絞ってみると、影響があるとする企業は増えるが2割にとどまり、影響が全くないとする企業は6割に近い。GDPRに限定した質問と、多様な国々の規制をカバーする質問への回答を単純に比較することには慎重であるべきだが、越境データ移転規制といっても影響の度合いに違いが伺えると言えよう。
- 参考文献
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- Organisation for Economic Cooperation and Development (OECD) (2018) Trade and cross-border data flows, Working Party of the Trade Committee, TAD/TC/WP(2018)19/FINAL, Paris, France.