ノンテクニカルサマリー

外国為替相場の日本の物価へのパススルー ― 輸入物価、企業物価、コアCPIへの影響

執筆者 佐々木 百合 (明治学院大学)/吉田 裕司 (滋賀大学)/大坪 ピョートル寛彰 (日本エア・リキード)
研究プロジェクト 為替レートと国際通貨
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト

本研究プロジェクトでは、われわれはさまざまな形で外国為替相場の輸出入価格へのパススルーについて理論的・実証的に分析する研究を行っている。例えば、Yoshida and Sasaki (2015)で行った日本のマツダ製乗用車の輸出価格を用いたミクロ的分析から、Sasaki and Yoshida (2018)で行った日本の輸出入産業を約100の産業に分類して日本の貿易収支の変動要因を調べるといったマクロ的分析まで、いろいろなアプローチを試みてきた。本論文は、これらの分析を延長して、外国為替相場が日本の消費者物価に与える影響を調べている。その背景には、アベノミクスをきっかけとした大幅な円安が日本の物価に影響を与えているであろうことが指摘されていることや、日銀がインフレーションターゲット政策でインフレ率を2%にすることを目標にしているにも関わらずその達成が難しいことがあげられる。

この論文の特徴は、第一に、使用する日銀の輸入物価指数に正確に一致するウェイトを用いた名目実効為替レートと企業物価指数を構築しているところである。これまでの同種の研究は、名目実効為替レートとして日銀が作成している代表的な名目実効為替レートか、あるいは、大まかに産業構成を一致させた名目実効為替レートを用いていたが、本論文では、日銀の輸入物価指数の産業分類と同様に関税輸入データを構成しなおしてウェイトを算出し、より正確な名目実効為替レートを作成している。第二に、推定手法としてTVP-VAR(時変パラメータ自己回帰分析)を用いることで、時間を追ってパラメーターがどのように変化するかをとらえている。第三に、外国為替相場からコアCPI(生鮮食品を除いた消費者物価指数)への直接的影響のみならず輸入物価、国内企業物価といった段階の分析を行い、また産業別の影響を分析しているところである。

主な結果は、2010年くらいからは、わずかではあるが円安のコアCPIへの影響がみられるということである。その影響は外国為替相場の1%の円安に対してわずか0.02%のインフレ率上昇というものだが、例えば2012年には年率でみても25%ほど円が安くなったので、0.02%×25%にあたる0.5%程度のインフレ押上効果があったと考えられる。

ただし、円安によるインフレ押上効果は持続的でないし円安もずっと続くわけではないので、インフレ率を毎年2%にすることに円安を利用することは難しい。この結果から分かることは、当たり前にも思えるが、やはりコアCPIを動かす大きな要因は賃金などの国内要因であるということだ。さらに、今回の分析で、円安の消費者物価の上昇への影響を妨げているものは、企業物価指数の段階で産業間のスピルオーバー効果が小さいからだということも分かった。この効果が大きければ、為替相場のインフレ押上効果はより大きくなるだろう。

図:円安ショックに対するコアCPIの反応(TVP-VARの分析結果)
図:円安ショックに対するコアCPIの反応(TVP-VARの分析結果)
注)ショックへの反応(縦軸)×期間×年
参考文献
  • Sasaki Y. and Y. Yoshida, 2018, Decomposition of Japan's trade balance, International Review of Economics & Finance, Volume 56.
  • Yoshida Y. and Y. Sasaki, 2015, Automobile Exports: Export Price and Retail Price, Discussion Papers 15-E-024 , Research Institute of Economy, Trade and Industry (RIETI).
    http://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/15e024.pdf