ノンテクニカルサマリー

マラウィのアジアからの輸入における貿易建値通貨の選択:人民元の国際化は進展しているのか

執筆者 Angella Faith LAPUKENI (横浜国立大学)/佐藤 清隆 (横浜国立大学)
研究プロジェクト 為替レートと国際通貨
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト

中国政府は人民元の国際化を推進してきた。2009年7月から国内4都市で人民元クロスボーダー貿易決済を試行的にスタートし、翌2010年と2011年にかけてクロスボーダー貿易決済の対象地域を国内全体へと拡大した。財・サービス貿易や他の経常取引において人民元を決済通貨として使用できるよう環境整備を進めてきた。また、中国は途上国への投資も積極的に進めてきた。こうした投資は中国からの財輸出を伴うことも多い。途上国に人民元建てで融資を行い、現地での開発やインフラ整備に伴う財・サービス輸出を人民元建てで行うなどして、人民元の国際的な使用を拡大させることができる。

アフリカは中国が戦略的に投資を行っている地域の1つである。アフリカとの貿易で中国がどの通貨を使用しているかは興味深いが、残念ながら貿易取引通貨のデータを入手するのは容易ではない。しかし、本稿はアフリカの中でも最も貧しい小国として数えられるマラウィの税関データから、マラウィの輸入における相手国別、財別の貿易建値通貨の情報を入手した。マラウィの中国からの輸入のデータを分析することで、人民元建てがどの程度のシェアを占めているかを示すことができる。比較の対象として、マラウィの日本からの輸入のデータを分析すれば、人民元の国際化を円の国際化と比較することも可能である。マラウィのような小国のデータから得られた結果を一般化することには慎重であるべきかもしれない。しかし、そもそもアフリカの貿易においてどの通貨が建値通貨として利用されているかを分析した研究は非常に少ないと思われる。また、マラウィのような小国向けの輸出では輸出国通貨(人民元)が使用されるか、あるいは米ドルのような国際通貨が使われるであろう。どちらの通貨が使用されているかを調べることで、人民元の国際化の進捗状況を評価することができる。

図1と図2はそれぞれマラウィの中国からの輸入と日本からの輸入における貿易建値通貨のシェアを示している。分析対象期間を2004年1月から2012年4月までの米ドル・ペッグの時期と、2012年5月から2016年12月までの変動レート制の時期の2つに分けている。また、貿易建値通貨のシェアを計算するにあたって、輸入額に基づくシェアと輸入取引件数に基づくシェアの2種類を報告している。

まず図1の中国からの輸入における貿易建値通貨のシェアをみると、金額ベースでは米ドル・ペッグ期と変動レート制期のいずれも米ドル建てシェアがそれぞれ92.1%、93.7%と圧倒的に大きい。人民元建てのシェアは変動レート制期にわずか1.3%に過ぎない。金額ベースでみると、中国からの輸入であっても人民元はほとんど使用されず、基本的に米ドル建てで輸入されている。しかし、件数ベースでみると、南アフリカ・ランド建てのシェアが大きくなる。米ドル・ペッグ期には14.5%、連動レート制期には25.1%がランド建てで取引されている。

このランド建てシェアの高さが意味するのは次の2点である。第一に、ランドは少額の輸入において使用されている。マラウィの主要産業は農業であり、人口の大半が第一次産業に従事している。海外からの輸入品に多くを依存しているが、生活用品など安価な品目は、近隣の南アフリカの輸入業者が取引をしているのかもしれない。南アフリカ企業が販売ネットワークを近隣諸国に広げて、ランド建て取引を行っている可能性がある。第二に注目すべきは、米ドルだけでなくランドも貿易取引における媒介通貨機能を果たしているという事実である。図1によると、米ドル・ペッグ期はランド以外にUAEディルハムやマラウィ・クワチャも一定程度使用されていたが、変動レート制期になると、ランド建てのシェアが大きく増えている。先進国通貨でなくても、途上国のような物流や販売ネットワークが十分に発達していない国、あるいは先進国企業が販路を十分に構築できていない国では、その地域で相対的に経済規模の大きな国の通貨が使用されうることを示唆している。

次に図2の日本からの輸入における貿易建値通貨のシェアをみてみよう。金額ベースでは、米ドル・ペッグ期と変動レート制期のいずれも、円は約4分の1のシェアを占めている。もっとも使われているのはここでも米ドルであり、両時期とも64~66%が米ドル建てで取引されている。他方で、件数ベースでみると、日本からの輸入でもランド建て取引のシェアが高い。米ドル・ペッグ期は円のシェアが44.6%に達しており、ランド建てシェアは16.3%にとどまるが、変動レート制期には、ランド建てシェアが35.9%に増加し、円のシェアは16.9%に低下する。

人民元と比較すると、円建て取引はマラウィとの貿易(日本からマラウィへの輸出)でも多く使用されており、人民元の国際化は円と比較すると大きく立ち遅れていることが確認できる。また、日本のような先進国のマラウィ向け輸出においても、件数ベースでみればランド建てがかなりのシェアを占めているという結果が得られた。上述のように、日本企業が販路を確立できていない途上国などでは、その国で販売ネットワークをすでに構築している近隣諸国の通貨が使用されることを、本稿の結果は示している。

図1:マラウィの中国からの輸入における貿易建値通貨選択
図1:マラウィの中国からの輸入における貿易建値通貨選択
注:固定レート制期(Fixed Exchange Rate Regime)は2004年1月から2012年4月までのデータ、変動レート制期(Floating Exchange Rate Regime)は2012年5月から2016年12月までのデータに基づいて筆者計算。「Value」は輸入額に基づいて計算したシェア、「Count」は輸入取引件数に基づいて計算したシェア。USDは米ドル、RMBは中国人民元、ZARは南アフリカ・ランド、EURはユーロ、MWKはマラウィ・クワチャ、AEDはUAEディルハムを意味する。
出所:Malawi National Statistical Office (NSO).
図2:マラウィの日本からの輸入における貿易建値通貨選択
図2:マラウィの日本からの輸入における貿易建値通貨選択
注:固定レート制期(Fixed Exchange Rate Regime)は2004年1月から2012年4月までのデータ、変動レート制期(Floating Exchange Rate Regime)は2012年5月から2016年12月までのデータに基づいて筆者計算。「Value」は輸入額に基づいて計算したシェア、「Count」は輸入取引件数に基づいて計算したシェア。USDは米ドル、JPYは円、ZARは南アフリカ・ランド、EURはユーロ、GBPは英ポンド、MWKはマラウィ・クワチャ、AEDはUAEディルハムを意味する。
出所:Malawi National Statistical Office (NSO).