ノンテクニカルサマリー

後継者の有無が中小企業のデフォルトおよびパフォーマンスに与える影響

執筆者 鶴田 大輔 (日本大学)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

高齢化社会の急速な進行により、多くの日本の中小企業の経営者が高齢化している。東京商工リサーチ「全国社長の年齢調査」によると、2009年の日本の社長の平均年齢は59.57歳であったのに対し、2018年には61.73歳に上昇している。多くの中小企業の経営者は引退の時期が迫っており、後継者の存在は企業の経営に大きな影響を与えると考えられる。本論文は一般社団法人CRD協会のCredit Risk Databaseを利用して、後継者の存在が中小企業の退出およびデフォルト、資金調達、企業パフォーマンスに対してどのような影響を与えるかを推定した。

後継者の存在の効果を推定する際、単純な後継者有り企業と無し企業を比較すると、その差が後継者の存在によるものなのか、単なる両者の属性の差によるものなのかを識別できない。この問題を解消するために、両者の属性を合わせたうえで後継者の存在の効果を比較する方法が傾向スコアマッチング法である。本論文の分析によると、負債比率、有利子負債利子率が高く、売上高成長率が低い企業は後継者が不在になる確率が高まる。つまり、財務状況や成長性が悪化している企業において、後継者がいない傾向があるといえる。また、企業規模が小さく若い企業ほど後継者が不在になる確率が高まることから、後継者問題は零細企業においてより深刻であるといえる。

過去の負債比率、有利子負債利子率、企業規模、企業年齢のほかに、ROA(Return on asset)、現預金比率、流動資産比率、経営者年齢、産業、地域などの属性を使って傾向スコアを算出し、後継者がいる企業といない企業をマッチングさせたうえで、後継者の不在が1年後の退出およびデフォルト確率、借入金変化率、有利子負債利子率、ROA、売上高変化率に与える効果を推定した結果が下記の図である。この図によると、後継者がいない企業の方が退出確率が高いため、後継者不足の問題から現在の経営者の引退とともに企業が廃業することを示唆する。また、後継者がいない企業において、2006年ごろからデフォルト確率が高まる傾向がある。2005年以前の経済状況が安定している時期にはデフォルト確率の差が表れないものの、金融ショック時にデフォルト確率が急上昇する傾向にある。今後の景気悪化局面において、後継者がいない企業の信用リスクはさらに高まることが懸念される。有利子負債利子率、ROAの差は顕著な傾向が表れていないものの、借入金変化率および売上高成長率は後継者がいない企業において低い傾向がある。前述したとおり、後継者がいない企業のデフォルト確率は高いため、企業の信用リスクの上昇に伴い資金供給が減少している可能性を示唆する。

現在、政府は事業承継税制等により、中小企業の円滑な事業承継を支援している。これらの政策により、中小企業の後継者が増加し中小企業の信用リスクやパフォーマンスが改善する可能性がある。一方、本論文の分析によると財務状況や成長性に問題ある企業は後継者がいない傾向があることから、後継者がいない企業は本来であれば退出すべき企業であり、過度な政策による支援は市場の淘汰機能を歪める可能性もある。このようなコストとベネフィットを勘案した上で、政策を立案すべきであろう。

図:傾向スコアマッチングによる後継者無しによる効果
図:傾向スコアマッチングによる後継者無しによる効果