ノンテクニカルサマリー

交通インフラの毀損と企業間取引関係の途絶

執筆者 細野 薫 (ファカルティフェロー)/宮川 大介 (一橋大学)/小野 有人 (中央大学)/内田 浩史 (神戸大学)/植杉 威一郎 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

東日本大震災(2011年3月11日)に伴う福島第一原発事故に対応して、東日本の主要な高速道路の1つである常磐道および近隣の道路が、およそ3年間にわたって閉鎖された(図)。結果として、これらの道路を主たる輸送経路としていた企業は、生産物などの輸送に当たって東北道へ迂回せざるを得なくなった。こうした迂回は、交通インフラの途絶に起因する外生的な輸送時間および輸送コストの上昇をもたらしたと考えられる。

図1:原油の供給ショックに対する実体経済の反応
注. ○は回答企業の本社の位置を示す。緑線は高速道路である。大きな〇は常磐道の閉鎖区間を示す。

本研究では、この常磐道(および近隣道路)の閉鎖を、輸送コストの外生的な上昇を生み出したイベントとみなし、輸送コストの上昇が企業間取引関係および企業パフォーマンスに及ぼす影響を分析する。通常、高速道路は経済取引が活発な地域に建設されるため、高速道路の建設や閉鎖が企業活動に及ぼす因果効果を識別することは容易ではないが、本研究では、予期せざる高速道路の閉鎖という外生ショックを用いた自然実験アプローチを用いることで、こうした因果関係のクリーンな識別を行う。

分析に用いる第一のデータは、東北大学大学院経済学研究科地域イノベーション研究センター(RIRC)が筆者らと協力しつつ実施したアンケート調査(『震災復興企業実態調査』)の回答結果である。本調査は、2012年7月から2015年11月まで4年間にわたり毎年実施されたが、このうち、2013年8-9月に実施された第2回調査(回答企業7,481社)では、企業の震災前における主要取引先(仕入先および販売先の上位3位まで)の住所(市町村)および震災後の取引継続状況の情報が含まれているため、交通インフラの途絶に起因する輸送コストの上昇が企業間取引関係の継続に与えた影響を分析することが可能となる。分析に用いる第二のデータは、日本最大級の企業レベルデータを保有する㈱東京商工リサーチ(TSR)の企業レベルデータセットである。このデータには、未上場企業を含む100万社以上の本邦企業に関する基本的な企業属性(例:信用評点、業種、所在地)に加えて、詳細な財務データが格納されており、各時点の企業パフォーマンスを計測することが出来る。

これらの二種類のデータセットを用いて、第一に、分析対象企業の取引先毎に、常磐道を利用した場合と、常磐道の閉鎖によって迂回を強いられた場合の輸送時間を測定し、迂回時間率(=迂回を強いられた場合の追加的な輸送時間/常磐道を利用した場合の輸送時間)が、各取引先との取引継続に影響を与えているかを検証する。その上で、第二の分析として、取引が途絶した場合に、企業パフォーマンスに悪影響が生じているか否かを検証する。

表1は、迂回の有無別に、震災前の取引関係が、震災後(調査時点の約2年半の期間)にも継続しているか否(一時中断あるいは途絶)かを示したものである。非継続の割合は、迂回なしが8.98%であるのに対して、迂回ありでは17.22%と2倍近くに達しており、その差は統計的に有意である。

表1:迂回の有無と取引関係の継続・非継続(全サンプル)
表1:迂回の有無と取引関係の継続・非継続(全サンプル)

表1は、取引関係の重要度に関わらず各取引先を一レコードとして取り扱った場合の集計結果だが、取引関係上の重要度で見た仕入れ先1位から3位、販売先1位から3位の各取引先別に同様の集計を行うと、仕入れ先3位、販売先1位、および販売先3位において、迂回ありの取引関係が迂回なしの取引関係よりも統計的に有意に高い確率で非継続となっていることがわかる。特に、販売先3位では、迂回なしの取引関係の非継続の割合が11.52%なのに対し、迂回ありでは31.58%と3倍近くに達している。

表1では、回答企業や取引先企業の事前の属性や被災状況、取引先までの距離などがコントロールされていない。そこで、これらの要因をコントロールしたうえで、迂回時間率を説明変数として、取引継続の場合に1を取るダミーを被説明変数とするプロビット推計を行った。結果として、全取引関係を対象とした推計では、迂回時間率の上昇が取引関係の継続に対して有意にマイナスの影響を与えていることを確認した。同様の分析を、仕入先1位から販売先3位までの各取引先について行うと、仕入先3位および販売先3位において、迂回時間率は有意にマイナスであった。特に、販売先3位においては、迂回時間割合の1標準偏差(迂回ありの取引関係における標準偏差)分の上昇が、取引継続確率を12%引き下げている。

この結果を踏まえて、次に、取引の非継続が企業のパフォーマンスに及ぼす影響について、傾向スコアマッチングおよび差の差検定(PSM-DID)の手法を用いて検証した。パフォーマンス指標としては、アンケート調査から得られる企業の業況(5段階評価)と、TSRによる信用評点(100点評価)を用いる。この結果、取引関係の非継続が業況あるいは信用評点の悪化をもたらすことが確認された。具体的には、取引の非継続が、5点を満点として計測される業況を0.282(仕入れ先3位の場合)あるいは0.241(販売先3位の場合)悪化させている。この期間の業況変化が平均で0.288改善していることを考慮すると、取引関係の非継続による影響は定量的にも無視しえない影響があったと判断できる。同様に、取引の非継続は信用評点を1.228(仕入れ先3位の場合)点悪化させており、この期間の信用評点が平均0.679点改善していることと比較すると、大きな影響があったといえる。

以上の結果は、高速道路の閉鎖による輸送コストの上昇が、企業間取引関係の中断・途絶をもたらし、その結果、企業パフォーマンスを悪化させたことを意味している。また、こうした結果は、高速道路の敷設による輸送コストの低下が、新たな企業間取引関係の構築および企業パフォーマンスの改善に繋がる可能性も示唆している。