ノンテクニカルサマリー

原油価格ショックの不確実性と符号に依存した効果に関する定量分析

執筆者 Bao H. NGUYEN (Australian National University)/沖本 竜義 (客員研究員)/Trung Duc TRAN (University of Melbourne)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題の背景

原油価格の変動と景気循環の関係を分析することは、マクロ経済学者や政策当局者において重要な問題であり、多くの研究が行われている。例えば、原油価格の上昇は米国の景気後退と密接な関係があることが指摘されている。また、原油価格の上昇と下落では、原油価格の上昇が実体経済を停滞させる効果のほうが、原油価格の下落が実体経済を浮揚させる効果よりも、はるかに大きいという非対称性も報告されている。現在では、より詳細に原油価格の変動を分析する研究が主流となっており、そのような研究では、原油価格の変動を原油の供給に起因するもの、世界経済の需要に起因するもの、原油市場固有の需要に起因するものに区別し、それぞれの要因が実体経済や原油市場に与える効果を分析している。しかしながら、原油価格と実体経済の間の関係は、他の要因にも依存する可能性があり、新たな要因を追加したうえで、両者の関係をより正確に把握することは、重要な問題である。

一方、不確実性と原油市場や実体経済の関係に関する研究も進んでいる。特に、不確実性は、原油生産者の生産計画や、人々や企業の消費活動に影響を与えることが考えられるため、不確実性がどのような形で、原油市場や実体経済と関連しているかを明らかにすることは、大変興味深い問題である。

このような観点に基づき、本研究の目的は、原油市場の不確実性を考慮に入れたうえで、原油価格と実体経済の関係をより詳細に分析することである。より具体的には、不確実性の状態に応じて、原油市場を2つの状態に分割したうえで、各状態において、原油の供給ショック、世界経済の需要ショック、原油固有の需要ショックが、原油価格、原油生産、実体経済にどのような影響を及ぼしているかを分析し、原油価格と実体経済の関係をより正確に捉えることを試みるとともに、両者の関係において原油市場の不確実性が果たしている役割を明らかにすることを試みる。さらに、先行研究で、原油価格の上昇のほうが実体経済に与える影響が大きい可能性が指摘されていることを考慮し、原油価格や原油生産の変動を上昇と下落に分割し、原油価格や原油生産の上昇と下落が実体経済に異なる影響を与えることを許容した分析も試みる。

本研究の主な結果

本研究で得られた結果は次のようにまとめられる。まず、分析結果より、原油の供給ショック、世界経済の需要ショック、原油固有の需要ショックが、原油価格、原油生産、実体経済に及ぼす影響は、原油市場の不確実性の状態に応じて、大きく異なることが明らかとなった。より具体的には、原油の供給の低下は、不確実性が小さいときには、実体経済にほとんど影響を及ぼさないものの、不確実性が大きいときには、実体経済を大きく停滞させることが明らかとなった。同様に、原油固有の需要に対するショックは、不確実性が大きいときに、より強い正の影響をもち、原油生産や実体経済を大きく変動させることが示唆された。それに対して、世界経済の需要に対するショックは、不確実性が小さいときに、原油価格や原油生産に対して、より大きな正の影響を及ぼすことが示唆された。また、不確実性の状態に加えて、原油価格や原油生産の変動を上昇と下落に分割し、原油価格や原油生産の上昇と下落が実体経済に異なる影響を与えることを許容した結果が図1と図2である。図から確認できるように、原油の供給ショックと原油固有の需要ショックともに、不確実性が大きいときに、実体経済に対してより大きな影響をもつことは変わりないこと、原油の供給ショックは正のショックのほうが負のショックと比較してより大きな影響をもつが、原油固有のショックについては、符号により大きな差がないことなどが確認された。

政策的インプリケーション

本研究の結果、原油価格や原油生産変動が実体経済に与える影響は、原油市場の不確実性に応じて、大きく異なることが確認された。特に、原油市場の不確実性が大きいときは、原油の供給ショックと原油市場固有の需要ショックともに、その影響が増幅され、実体経済に大きな影響を及ぼすことが示唆されたことには注意が必要である。現在、世界経済を牽引してきた中国経済の停滞の可能性に加えて、イギリスのEU離脱の問題や、米中間の貿易の対立の激化などが懸念される中で、世界経済に対する不確実性が高まっている。また、原油市場においても、世界経済の低迷による需要の低下の可能性が危惧される中、米国がイラン産原油の禁輸を打ち出し、不確実性が高まっていることは大いに考えられる。本研究の結果は、そのような状態において、原油生産が縮小されたり、原油価格が上昇したりすると、世界経済は大きな打撃を受ける可能性が示されており、示唆に富む結果である。したがって、世界経済や原油市場の不確実性が高まっていると考えられる暫くの間は、政策当局者は、原油生産や原油価格の動向に細心の注意を払い、政策を行っていく必要があるであろう。

図1:原油の供給ショックに対する実体経済の反応
(左列:低不確実性時,右列:高不確実性時,上段:正のショック,下段:負のショック)
図1:原油の供給ショックに対する実体経済の反応
図2:原油市場固有の需要ショックに対する実体経済の反応
(左列:低不確実性時,右列:高不確実性時,上段:正のショック,下段:負のショック)
図2:原油市場固有の需要ショックに対する実体経済の反応