ノンテクニカルサマリー

免税点制度と企業成長

執筆者 細野 薫 (ファカルティフェロー)/布袋 正樹 (大東文化大学)/宮川 大介 (一橋大学)
研究プロジェクト 企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析」プロジェクト

税支払いに関する「法令順守費用」(例:財務担当者が申告準備に費やす時間コスト、税理士への相談コストなど)には固定的な要素が大きいため、小規模な企業ほどコスト負担が大きくなる傾向にあることが知られている(European Commission, 2018)。この点に配慮するため、売上高が一定額以下の中小企業を対象に消費税の納付と申告を免除する制度が多くの国で設けられている。売上高1,000万円以下の企業が消費税の納付と申告を免除される日本の免税点制度は、この一例である。近年の実証研究では、こうした制度の下で、法令順守費用の回避と益税の獲得を目的として、企業が免税対象となる閾値(売上高)直下に集積する傾向を指す「バンチング」と呼ばれる現象が報告されている(例:フィンランド:Harju et al., 2016、イギリス:Liu et al., 2017)。

日本における企業の消費税納付額は「売上税額(8%×売上高)-仕入税額(8%×仕入高)」として計算され、仕入税額が売上税額を超える場合には、その超過額が還付される仕組みとなっている。売上高1,000万円超の企業は、こうした形で消費税を納付する義務を負う課税事業者として自動的に登録され、帳簿の記録とともに少なくとも年1回の申告が求められる。また、帳簿や請求書を数年間保存する必要があるなど、売上高1,000万円超の企業は(正確には、閾値以下の企業が課税事業者を選択した場合においても)、法令順守費用を負担する必要がある。一方で、上記の免税点制度を日本において利用した場合、税込価格での販売が認められるため、売上高が仕入高を上回る限り益税が発生する仕組みとなっている。

図1は、日本を代表する信用調査会社である東京商工リサーチ社の企業レベルデータを用いて、日本企業の売上高分布を描いたものであるが、免税点制度の閾値である売上高1,000万円直下に、明らかなバンチングが見られる。上記の法令順守費用と益税の存在が、多くの企業による免税点制度の利用に繋がり、結果として企業成長を妨げていることが窺える。

図1:日本企業の売上分布:2009‐2014年度
図1:日本企業の売上分布:2009‐2014年度

本研究では、こうしたバンチング現象の背景をより正確に理解する目的から、どのような企業が実際に閾値以下に売上を抑えているのか、また、法令順守費用の違いが売上高を抑制する企業行動に対してどのような影響を及ぼすのかをデータに基づいて検証した。図2は、Keen and Mintz (2004)の理論モデルに基づいて、法令順守費用の増加と企業が選択する最適な売上高の関係を示したものである。企業の利潤は売上高に応じて連続的に変化するが、売上高が閾値を超えるときは、益税の喪失と法令順守費用の発生により利潤が不連続的に低下する。企業は最大利潤をもたらす売上高を選択する。企業のパフォーマンスが低位の場合(図2パネルA)と高位の場合(図2パネルC)には、法令順守費用の増加とは無関係にそれぞれ閾値未満の売上高と閾値超の売上高を選択することが最適となるが、企業のパフォーマンスが中位の場合、法令順守費用の増加に対して売上高を閾値直下に抑制することが最適となる(図2パネルB)。

図2:バンチングが生じるメカニズム
図2:バンチングが生じるメカニズム
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これらの仮説をテストする目的から、都道府県レベルのバンチング度合いが、都道府県レベルの企業の生産性や法令順守費用とどのように関係しているか、また、企業レベルでの閾値以下への売上高抑制行動が、企業レベルの生産性や法令順守費用とどのように関係しているかを推定した。得られた実証結果から、生産性の代理指標として用いた売上高の水準が特に中位程度の場合において、都道府県レベルで計測したバンチングの度合いが高く、また企業レベルの売上高抑制行動も強く確認された。また、こうした行動は、都道府県別の1社当たり相談料(会計事務所・税理士事務所売上高/企業数)や企業別の従業員1人当たり取引先数(取引先数が多いほど書類作成の手間がかかる)で計測した法令順守費用が高い場合においてより顕著に確認されたほか、興味深いことに、バンチングの度合いが低い地域に所在する企業やパフォーマンスの高い企業と取引関係にある場合において、こうした行動が弱まることも確認された。

こうした結果は、バンチングの形で企業成長が阻害されるメカニズムに関するより正確な理解をもたらすものであり、例えば、高パフォーマンス企業とのマッチングなど、新しい取引関係をスムーズに実現させる政策が、企業成長の面で効果的なものとなる可能性を示唆している。

参考文献
  • European Commission, 2018. Study on Tax Compliance Costs for SMEs: Final Report.
  • Harju, J., T. Matikka, and T. Rauhanen, 2016. The Effects of Size-Based Regulation on Small Firms: Evidence from VAT Threshold. CESifo Working Paper 6115.
  • Keen, M. and J. Mintz, 2004, The Optimal Threshold for A Value-Added Tax. Journal of Public Economics 88, 559-576.
  • Liu, L., and B. Lockwood, and M. Almunia, 2017. VAT Notches, Voluntary Registration, and Bunching: Theory and UK Evidence. Unpublished.