執筆者 | 北尾 早霧 (ファカルティフェロー)/御子柴 みなも (東京大学)/竹内 光 (年金積立金管理運用独立行政法人) |
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研究プロジェクト | 少子高齢化における個人のライフサイクル行動とマクロ経済分析:財政・社会保障政策の影響 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「少子高齢化における個人のライフサイクル行動とマクロ経済分析:財政・社会保障政策の影響」プロジェクト
日本では急速に高齢化が進行している。労働年齢人口の減少による生産力の低下と課税ベースの縮小、団塊・団塊ジュニア世代の引退による社会保障支出の増加がマクロ経済および財政の懸念材料となっている。労働力不足が懸念される中で、追加的な労働の担い手として期待されているのが女性と高齢者だ。本論文では、性別および年齢によって異なる労働参加率・雇用形態・生産性の違いを一般均衡型のマクロモデルに取り込み、労働市場に関する様々なシナリオがマクロ経済および財政の将来推計に与える影響を数量分析する。
図1は男女それぞれの年齢別の労働参加率を、図2は性別ごとの雇用形態分布を示している。参加率・雇用形態ともに大きな違いが存在し、さらに同じ雇用形態においても男女間で所得水準は大幅に異なる。


ベースラインモデルにおいては、図に示すような参加率・雇用形態分布の違い、また現状の賃金プロファイル(生産性)の形状が維持されると仮定して移行過程を計算する。第一のシナリオとして、労働政策研究・研修機構(JILPT)の推計『成長実現・労働参加シナリオ』に沿って各年齢における女性の参加率が2040年にかけて上昇するとする。第二に、第一シナリオの参加率に加え、雇用形態の分布も徐々に男性の分布に近づくとする。第三に、第二シナリオに加え、2040年までに各年齢および雇用形態における生産性の男女ギャップもなくなると仮定する。表1は、各シナリオにおいて、ベースラインと比較して主なマクロ変数がどの程度変化するかを示している。JILPT推計に基づく参加率の増加は労働供給の増加をもたらすが、参加率に加えて雇用形態分布や雇用形態別の生産性の上昇が総労働供給や総生産に大きな影響を及ぼすことが分かる。労働供給が増すことで賃金水準は低下するが、長期的には所得増により資本が増加し賃金もベースラインを上回る水準となる。また、経済活動と課税ベースの拡大によって税負担が低下する。
シナリオI: 参加率上昇 |
シナリオII: +雇用形態 |
シナリオIII: +生産性 |
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労働供給 | 2030年 | +5.6% | +12.1% | +22.4% |
2045年 | +7.8% | +18.8% | +37.3% | |
総生産 | 2030年 | +3.3% | +6.9% | +11.8% |
2045年 | +6.7% | +16.1% | +31.1% | |
賃金 | 2030年 | -2.2% | -4.7% | -8.6% |
2045年 | -1.0% | -2.3% | -4.8% | |
2060年 | +0.3% | +0.9% | +0.9% | |
均衡所得税率 | 2030年 | -1.1%pt | -2.3%pt | -4.0%pt |
2045年 | -1.5%pt | -3.4%pt | -5.8%pt |
女性の労働参加がさらに進む余地は大いに存在し、現在進行中の参加率上昇トレンドが今後も続くことは間違いないだろう。しかし、総労働供給と生産の増加には参加率だけでなく働き方や生産性の向上が鍵となることが明らかとなった。このことは生産年齢の女性に限ったことではなく、男女高齢者の労働参加についてもあてはまる。さらに、生産年齢にある男性の非正規雇用の増加トレンドと平均賃金の停滞も注意を払うべき現象だ。まずは、社会保障や税制度において、女性や高齢者の就労インセンティブを妨げたり、効率的なスキルのアロケーションに欠かせない労働市場の流動性を阻害したりしている要素の見直しおよび一刻も早い是正が必要だ。なぜなら、年齢やライフステージ、個人のスキルと嗜好に応じたさまざまな働き方の選択を阻む制度や慣行は成長を阻害するからだ。