ノンテクニカルサマリー

中央銀行のコミュニケーションのアーツ:トピックモデルによる日本銀行総裁の記者会見の統計的潜在意味解析

執筆者 慶田 昌之 (立正大学)/竹田 陽介 (上智大学)
研究プロジェクト 経済主体間の非対称性と経済成長
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「経済主体間の非対称性と経済成長」プロジェクト

本稿は、日本銀行の白川総裁と黒田総裁の定例記者会見文書にトピックモデルを適用することで意味論的分析を行い、中央銀行のコミュニケーションについて検討した。統計的自然言語処理の文脈における標準的な手法である潜在ディリクレ配分(Latent Dirichlet Allocation, LDA)を用いることで、日銀のコミュニケーションの変化について明らかにすることができた。

日本銀行の市場とのコミュニケーションは、さまざまな文書の公表という方法で行われている。経済状況についての見通しについては、年4回公表される『経済・物価情勢の展望(展望レポート)』がある。一方で、双方向的なコミュニケーションの場としては記者会見があり、総裁、副総裁、審議委員などの記者会見をしており、日本銀行のwebページで概要を公開している。その中でも総裁の定例記者会見は、金融政策決定会合の後に行われているので、政策変更などについて総裁が説明するという意味で、重要性が高い。

2012年7月から2018年7月までの70回分の総裁定例記者会見(白川総裁10回、黒田総裁60回)の概要を用いて、LDAの分析を行った。各概要のうち総裁回答部分を利用し、個人的な言い回しの影響を避けるため名詞と動詞の一部のみを用いた。また、トピックの数は3つと仮定して分析した。その結果の主要な部分を以下に報告する。

3つのトピックにおいて重要なワードの上位20個をまとめたのが表1である。トピック1は、「強化」、「取り組む」、「認識」など総裁の姿勢などを示す「裁量」と解釈できる。トピック2は、「金利」、「市場」、「マイナス」など「政策の手段」と解釈できる。トピック3は、「物価」、「2」、「目標」など「政策の目標」と解釈できる。各文書におけるLDAによる3つのトピックの配分は図1のようになった。大きな変化は2回発生している。1回目は白川総裁と黒田総裁の変更時期であり、2回目は2016年の初頭である。図1には縦のラインで示している。

図1において、1回目の変化は白川総裁から黒田総裁への交代の時期に発生している。トピックごとの変化は「裁量」のトピックが大きく下がり、黒田総裁に時期を通じてこのトピックの比率は非常に低いままである。次に「政策の目標」のトピックが大きく上昇した。また「政策の手段」のトピックにも小さな低下を認めることができる。

1回目の変化の理由は明らかであろう。白川総裁から黒田総裁への交代によってトピックの配分が大きく変化した。これは2人の総裁の政策スタンスが大きく異なることからトピックが変わったと考えられる。白川総裁と比較すると、黒田総裁は「政策の目標」の比率が非常に大きく上昇し、「政策の手段」が低下した。「裁量」のトピックについて黒田総裁は比率が非常に低い。これは黒田総裁の「2年で、マネタリーベース2倍、インフレ率2%」といった明確な目標を示したことと対応していると考えられる。1回目の変化は白川総裁から黒田総裁への交代による政策スタンスの変化を、LDAが抽出できたものと解釈できる。

2回目の変化は、黒田総裁の2016年初頭から始まったマイナス金利政策の導入時期と近い時期に発生した。トピックの比率は、「政策の目標」のトピックが大きく低下し、「政策の手段」のトピックが大きく上昇している。「裁量」のトピックについてはほとんど変化がなく、低い比率のままである。

2回目の変化の解釈は、次のようなものが考えられるかもしれない。黒田総裁にとって2015年末から2016年初頭の時期は、就任から2年が経過した時期である。当初の「2年で、マネタリーベース2倍、インフレ率2%」という目標について、インフレ率が2%に達する見通しが立たない状況で、説明の内容も「政策の目標」のみでは十分でなく、具体的な「政策の手段」について説明する必要に迫られた可能性がある。そのために「政策の目標」のトピックの比率が低下し、「政策の手段」のトピックが上昇した。このように解釈が可能な変化をLDAが抽出したと考えられる。

以上の変化を抽出したことで、LDAが日本銀行総裁の定例記者会見の内容から、ある程度妥当な総裁の政策スタンスの変化を抽出することに成功していると結論できる。この結論は、統計的自然言語処理が金融政策関連文書の意味論的解析に有用であることを示している。

表1
topic 1: discretion topic 2: policy instruments topic 3: policy goal
強化 金融 する
資金 経済 物価
支援 政策 思う
取組む 緩和 ある
欧州 金利 なる
供給 市場 上昇
認識 日本銀行 みる
状態 行う 安定
質問 量的 申し上げる
巡る 影響
基金 状況 成長
図る 決定 2
意識 実現 消費
課題 効果 1
制度 銀行 目標
国民 国債 考える
主体 長期 必要
使う マイナス 見通し
基盤 3 通り
担保 中央 価格
図1:日本銀行総裁定例記者会見のトピック比率(3つのトピックを仮定)
図1:日本銀行総裁定例記者会見のトピック比率(3つのトピックを仮定)
[ 図を拡大 ]