ノンテクニカルサマリー

日本における格差の多面的分析:1984~2014年の労働所得・総所得・資産分布

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「少子高齢化における個人のライフサイクル行動とマクロ経済分析:財政・社会保障政策の影響」プロジェクト

マクロ経済動向や政策効果を推し量る際に、家計間の所得・資産格差の分析は重要な要素となる。本論文では全国消費実態調査(NSFIE)を用いて、1980年代以降の世帯間の労働所得・総所得・金融資産の格差動向を分析した。過去30年間で、いずれの変数においても格差は拡大しており、労働所得のジニ係数は1984年の0.39から2014年の0.58へ、総所得(課税前)は0.32 から0.35へ、金融資産については0.58から0.64へと上昇した。こうしたマクロでの格差の変化を理解するには、さまざまなミクロの側面からの格差状況を分析する必要がある。とりわけ人口構造が大きく変化している日本では、年齢層ごとの格差傾向を把握することが重要となる。

労働所得と総所得の格差拡大は高齢化要因が鍵となる。図1は、総所得および金融資産の年齢別平均水準およびジニ係数が1980年代以降どのように推移したかを示している。世代内の所得格差は年齢が上昇するほど拡大する傾向にあり、高齢化によって人口分布が上方シフトすることでマクロの格差が拡大する。とはいえ、マクロ全体で見たほどではないが若年層内での所得格差も拡大傾向にある。その一方、年金制度の発足と適用拡大によって、高齢者内における総所得格差は大幅に縮小している。平均所得は1980年代前半以降バブル期にかけて上昇したが、それ以降は成長の鈍化により所得分布の各層において水準の低下が続いている。

金融資産に関しては、20~50代の若年層内で格差が大幅に拡大している。マクロ全体で見た平均値では所得のような低下は見られず、これは高資産を保有する高齢者の割合が増えたことによる。高資産(例えば1億円以上)を保有する世帯は高齢者に集中している。

図1:年齢別総所得・金融資産水準とジニ係数
図1:年齢別総所得・金融資産水準とジニ係数

富裕層のさらなる富裕化、貧困層のさらなる貧困化が起きれば資産格差は拡大する。日本では何が起きているか。バブル期以降は中央値以上の階層においては平均資産が上昇しているが、それ以下の階層では低下している。その一方で、富裕層の資産保有割合に大きな変化はなく、トップ1%の保有する資産は2014年に総資産の10%、トップ5%は30%で1984年から大幅な変化はない。富の集中は存在するものの、米国のように、トップ1%が全体の35%、5%が60%超の資産を保有するといった極端な集中や、富裕層の急激な一層の富裕化といった現象は見られていない。

日本における資産格差の拡大は低資産保有世帯の割合が顕著に増加したことが1つの要因となっている。金融資産の保有高がゼロと回答した世帯の割合は1984年には5.5%であったが2014年には11.0%に上昇している。低資産層の拡大は各年齢層で見られるが、とりわけ若年層での上昇が顕著である。低資産世帯は所得水準も低く、さらに現役時代だけでなく引退後に安定した年金受給が期待できるとも考えにくい。中長期的な再分配政策・財政の在り方を考えるうえで、懸念材料として注視すべき傾向である。

所得や資産のデータから、格差動向を可能な限り正確に把握し、より効果的な所得移転の在り方を探ることが大切である。また、現時点の格差状況に基づく対策を講じるだけでなく、各年齢層における所得・資産格差の時系列的動向を分析することで、中長期的なマクロ経済・財政の運営に影響を与えうる潜在的要素を識別することも重要である。