ノンテクニカルサマリー

グローバルVARモデルによる非伝統的金融政策が国際金融市場に与えた影響の分析

執筆者 井上 智夫 (成蹊大学)/沖本 竜義 (客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題の背景

日本銀行(日銀)が1999年2月にゼロ金利政策を開始して以降、2001年3月の量的緩和政策、2010年10月の包括的金融緩和政策、2013年3月の量的・質的金融緩和(QQE)政策、2016年1月のマイナス金利政策など、多くの非伝統的金融緩和政策が継続的に行われてきた。また、米国連邦準備制度(Fed)や欧州中央銀行(ECB)などの主要な中央銀行も、2008年のリーマンブラザーズの破綻をきっかけとした世界金融危機以降、大規模な資産購入政策やマイナス金利政策など、非伝統的金融緩和政策を実施してきた。このように、非伝統的金融緩和政策は、幅広く採用されているものの、その政策効果に関しては、未だに統一的な見解は得られておらず、更なる分析を行うことが必要とされている。

一方、情報技術の発展、国際経済協調の進展、国債投機マネーの拡大などを通じて、国際金融市場の関連性は年々深化し、1国で起こった出来事が他国に伝播するということが、頻繁に見られるようになった。2008年のリーマンブラザーズの破綻をきっかけとした世界的な金融危機は、その顕著な例である。したがって、一国の金融政策の影響が当該国内経済に留まらずに関係各国へ伝播することも、十分に考えられ、日銀やFedの金融政策効果を評価するうえで、他国への波及効果を含めて検証することは重要である。

このような観点から、本稿では、各国における国内金融変数と海外金融変数の動的関係を捉え、日米の金融政策の国際的な波及を考慮に入れることができるモデルとしてグローバルVAR(Global Vector Autoregression : グローバル多変量自己回帰, GVAR)モデルを採用し、日米の非伝統的金融政策が国内ならびに国際金融市場へ与えた影響を評価することを試みている。また、2000年以降、2008年の世界金融危機などを契機に、各国の金融政策は大きく変化しており、経済構造も大きく変化している可能性がある。本稿では、平滑推移(smooth transition; ST)モデルと呼ばれるモデルをGVARモデルに融合し、2つのレジームを考えたSTGVARモデルを応用することで、このような変化の可能性にも対処している。

本研究の主な結果

本研究で得られた結果は次のようにまとめられる。まず、金融政策波及効果ならびに経済構造の変化を調べたところ、多くの国で世界金融危機の前後で急激なレジーム変化が観測された。この結果を受けて、世界金融危機以前のレジーム(レジーム1)とQQE政策が中心の近年の政策レジーム(レジーム2)において、日銀の金融緩和が日本国内の主要な金融市場に与えた影響を評価し、図示したものが図1である。図からわかるように、日銀の金融緩和政策は、レジームによらず、2002年から2015年までの全期間を通じて、日本国内の株価を上昇させ、円を減価させる効果があったことが明らかとなった。また、本邦国債価格と社債価格に関しては、世界金融危機以前のレジーム1では有効性が確認されなかったが、QQE政策が中心となるレジーム2においては、有意な緩和効果があったことが示唆された。同様の分析をFedの金融政策について行った結果が図2である。図からわかるように、Fedの金融緩和は、株式、国債、社債、為替の全ての金融市場において、全期間を通じて、有意に緩和的な効果があったことが確認された。最後に、日米の金融緩和が国際金融市場に与えた影響を評価したところ、日銀の非伝統的金融緩和政策は、国際金融市場に対して限られた影響しかなかったが、Fedの非伝統的金融政策の影響は大きいもので、その効果は日銀のものと比較して、10倍に及ぶ可能性もあることが示唆された。

政策的インプリケーション

本研究の結果、日米の非伝統的金融政策は、国内金融市場に対して、大いに有効であったことが確認された。しかしながら、国際金融市場に及ぼした影響は対照的で、Fedの非伝統的金融政策が国際金融市場に与える影響の大きさが確認された。2015年12月以降、Fedは大規模金融緩和を終了し、金融政策の正常化に向けて、金利を引き上げるとともに、2017年10月からは保有資産の縮小も行ってきた。本稿の分析は、2015年までのデータを利用していることに加えて、金融緩和と金融引締めにおいて効果が対称的であるとは限らないので、米国の金融政策正常化に対して、本稿の結果がそのまま適用できるかどうかは定かではない。しかしながら、仮にできたとすると、米国の金融政策の正常化が国際金融市場に与えた影響は小さくないと考えられる。実際、世界経済の減速とも相まって、Fedは金利引き上げの停止と保有資産縮小の早期終了を余儀ない状況に追い込まれている。日銀も、大規模緩和を終了し、出口戦略を議論しなければならない時期は、近い将来やってくるだろう。本稿の結果は、現行の金融緩和に一定の効果があったことを示したとともに、出口を模索する際には、金融市場に対して一定の負の影響がある可能性を示唆しており、示唆に富んだ結果であると言えるだろう。

図1:日銀の金融緩和の国内金融市場に対する効果
図1:日銀の金融緩和の国内金融市場に対する効果
図2:Fedの金融緩和の国内金融市場に対する効果
図2:Fedの金融緩和の国内金融市場に対する効果
(注)mbはマネタリーベース(monetary base)、sbは国債価格(sovereign bond price)、cbは社債価格(corporate bond price)、eqは株価(equity price)、neerは名目実効為替レート(nominal effective exchange rate)を表す。