ノンテクニカルサマリー

グローバル・バリュー・チェーンとイノベーション

執筆者 伊藤 恵子 (中央大学)/池内 健太 (研究員)/Chiara CRISCUOLO (Organisation for Economic Co-operation and Development)/Jonathan TIMMIS (Organisation for Economic Co-operation and Development)/Antonin BERGEAUD (Banque de France)
研究プロジェクト 東アジア産業生産性
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「東アジア産業生産性」プロジェクト

現在、多くの企業が国境を越えた生産ネットワーク(グローバル・サプライ・チェーンまたはグローバル・バリュー・チェーンともいうが、本稿では、主にグローバル・バリュー・チェーン(GVC)と表現する)に組み込まれ、活発に国際貿易が行われている。1980年代から海外生産を急速に拡大してきた日本企業は、特にアジアにおけるGVCの進展に大きく貢献してきた。しかし近年は、中国など新興国が台頭し、国際経済における日本の重要性は相対的に低下している。

本稿では、GVCにおける日本の各産業の相対的な位置や参加度合いがどのように変化してきたかを分析し、その構造変化が日本の各企業の技術イノベーションにどのような影響を与えたかを明らかにする。

経済産業省『企業活動基本調査』の企業レベルの財務データと、日本の特許庁に出願された特許の出願人情報を接合したデータを分析に用いた。一方、GVCにおける相対的位置や参加度合いは、OECDの国際産業連関表を利用して、産業別に指標を計測した。GVCにおける相対的位置は、Bonacich-Katzタイプの固有値中心性(eigen vector centrality)によって計測し、後方連関ネットワークにおける中心性、前方連関ネットワークにおける中心性、両者の平均値の3つの指標を用いた。

多くの外国の産業と取引があり、かつ、中心性の高い外国の産業と取引があり、さらに、取引相手の産業にとって重要な取引関係である場合、当該産業のネットワーク中心性は高くなる。そこで、ネットワーク中心性が高い産業ほど、GVCにおいて相対的に中心に位置すると解釈する。例えば、後方連関ネットワークの中心性が高いほど、相手産業にとって自産業が重要性の高い顧客であり、前方連関ネットワークの中心性が高いほど、相手産業にとって自産業が重要性の高いサプライヤーであると解釈する。

また、GVCへの参加度合いについては、自国の輸出財に含まれる外国からの輸入中間財の割合、外国の輸出財に含まれる自国の中間財の割合を指標として用い、それらの割合が高いほど、より深くGVCに参加していると解釈する。

これらのデータから、日本はほとんどの産業で、GVCへの参加の度合いを高めており、海外で生産された中間財の投入が増えるとともに、日本で生産された中間財が海外での生産活動にもより多く使用されるようになってきたことが確認できる。しかし、近隣のアジア諸国がGVCにおけるプレゼンスを拡大する中、日本はGVCネットワークの中で、相対的に中心部から周縁部へと移ってきている。

一方、日本の特許庁への特許出願数は2005年あたりをピークに漸減している。各出願特許の引用件数を特許の質の代理変数と考え、質を調整した特許出願数を各企業について計測し、分析に利用した。各企業の質調整後の特許出願数を産業別に平均したものと各産業のGVCネットワーク中心性を計算し、それらの1995年から2011年までの変化をプロットしたものが下の図である。図のとおり、ほとんどすべての産業において後方・前方両方の中心性(Backward centrality, Forward centrality)は低下しており、かつ、質を調整した特許出願数も低下している。両者には比例的な関係がみられ、中心性の低下が大きい産業ほど特許出願数の減少も大きい傾向がある。

ネットワークの中心に位置するほど、より多くの多様な取引相手から技術や情報のスピルオーバーを受けることができ、技術開発が促進されると期待される。そこで、本稿では、日本の中心性の低下が、日本企業の技術力の低下に何らかを影響を与えているのかを分析、検証している。ただし、国際産業連関表が示す各国間の輸出入には、外国企業の現地法人による輸出入も含まれている。つまり、日本の中心性が低下し、中国の中心性が上昇したといっても、日本企業が生産拠点を日本から中国に移転し、日本からの輸出が在中国現地法人からの輸出に置き換わったことにもよるのではないかとの批判もありうる。そこで、日本の多国籍企業が海外現地法人を通じて技術や情報のスピルオーバーを受けている可能性も考慮し、経済産業省の『海外事業基本調査』のデータを用いて計測した海外現地法人ネットワークも分析に含めている。

中国の世界貿易機関(WTO)への加盟を操作変数として利用し、GVCにおける位置の変化と日本企業の特許出願との関係を分析したところ、前方連関ネットワークにおいて中心性が高い産業の企業(より多くの国や産業に中間財を供給しており、重要なサプライヤーであることを示す)ほど、特許出願が多いという関係が確認された。このことから、GVCにおいてより中心的な位置にいる重要なサプライヤーほど、さまざまな顧客や下流の市場からより多くの知識スピルオーバーを受け、技術開発を活発に行うと解釈される。より多くの幅広い海外顧客から知識や情報のスピルオーバーを受けることが新技術の開発にとって重要であることを示唆する結果であった。

図:ネットワーク中心性の変化と質を考慮した特許出願数の変化(製造業:1995-2011年)
図:ネットワーク中心性の変化と質を考慮した特許出願数の変化(製造業:1995-2011年)