ノンテクニカルサマリー

未来の声を聞く:トランプvsヒラリー

執筆者 成田 悠輔 (客員研究員)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

多くの国を絶望が覆っている。選挙と政策が高齢者に占拠されているというシルバー民主主義への絶望である。

「シルバー民主主義」ということばは日本独特の半ジャパニーズイングリッシュ造語だが、似たような懸念は他の国でもよく聞く。21世紀前半のうちには人類全体が少子高齢化し人口減少すると多くの人が予測しているからだ。そして、世代間対立は人類と政治の歴史の常である。親戚の集まりでの叔父さん叔母さんと甥姪の噛み合わないやりとりを思い出すだけで十分かもしれないが、かつてウィンストン・チャーチルが言ったとされた(が、どうやらそんな根拠はどこにもなく、実は他の有名人が言い出しっぺだ云々と喧々諤々の議論がある)こんな名言もある。

「君が25歳で進歩派でないなら感性が足りない。35歳で保守派でないなら知性が足りない。(If You Are Not a Liberal at 25, You Have No Heart. If You Are Not a Conservative at 35, You Have No Brain)」

世代間対立という古い伝統に少子高齢化という新しい潮流が流れ込むとき、シルバー民主主義という荒々しい潮目が生まれるわけだ。

では、どうすればシルバー民主主義を打開できるだろうか? シルバー民主主義打開の手だてとしてよく持ち出されるのが、若者の声をもっと反映する選挙のしくみである。例えば、選挙権のない子の親に代理投票権を与えるある世代だけが投票できる世代別選挙区を作りだす投票者の平均余命で票を重みづける、などだ。

だが、そのような未来志向の選挙のやり方は、本当に選挙を変える力を持つのだろうか? この問いに答えるため、2016年の米国大統領選挙を例に、平均余命で票を重みづけていたならどんな結果が得られていたか予測を行った。投票者の投票先と年齢に関する情報はAmerican National Election Studiesデータを用いた。平均余命は米国政府保健福祉省発行の"United States Life Tables, 2014"にある平均余命の推定値を用いた。

一言で言えば、もし平均余命による票の重みづけが行われていたならば、現在の米国大統領はヒラリー・クリントンになっていたはずだという予測を得た。この予測を示した図1を見ると、平均余命による票の重みづけはクリントンの全国得票率を約43%(227選挙人票、図の(b))から約63%(336選挙人票、図の(a))へと押し上げていることが分かる。クリントンが悠々と過半数を超えているわけだ。

図1
図1

この予測の背景をさらに解剖した図2では、平均余命による票の重みづけでどの州の勝者が変わったかを示している。青(民主党の色)で色づけされた州ではトランプからクリントンへと勝者が変わり、赤(共和党の色)で色づけされた州では逆の変化が起きている。トランプ勝利の鍵となった「錆びついた旧工業地帯(Rust Belt)」のウィスコンシン州、ペンシルベニア州、ミシガン州などが平均余命による票の重みづけによってクリントンへとなびいていることがわかる。

図2
図2

未来の声を聞く選挙のしくみは、米国大統領選挙のような超重要選挙にも大きな変化をもたらしそうだ。では、このような変化は「いい」ことなのだろうか? シルバー民主主義とその敵の良し悪しを議論するための枠組みを作り、データを用いて良し悪しを定量化することが今後の方針である。