ノンテクニカルサマリー

社会的相互作用が輸出に対して及ぼす影響-ベトナム農村地帯における中小零細企業の事例-

執筆者 嶋本 大地 (近畿大学)/Yu Ri KIM (上智大学)/戸堂 康之 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト グローバルな企業間ネットワークと関連政策に関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「グローバルな企業間ネットワークと関連政策に関する研究」プロジェクト

この研究は、ベトナムのハノイ近郊の伝統的な衣料産業クラスターの中小零細企業を対象に、自社と情報交換をする他社(これをピア[仲間]企業と呼ぶ)の輸出行動が自社の輸出行動に与える影響を定量的に検証したものである。

ピア企業の輸出行動が自社に与える影響は、プラスとマイナスの両方がありうる。まず、ピア企業が輸出している場合、その企業から輸出手続きや海外市場に関する情報を得ることができるため、自社の輸出は促進されうる。その一方で、ピア企業が海外市場へ参入することで市場の競争は激化するために、自社の輸出が抑制されるかもしれない。そのため、ピア企業の輸出が自社の輸出に与える影響は、プラスの情報波及効果とマイナスの競争効果のいずれが強いのかによって決まる。

図は、企業の売上高に占める輸出額の割合(輸出シェア)とそのピアの輸出シェアの平均値の関係を示している。この図からは、自社とそのピア企業の輸出行動には正の相関関係があることが分かる。

しかし、この相関関係は必ずしもピア企業の輸出が自社に与える因果関係を示しているわけではないことに注意が必要だ。なぜなら、企業は同じような性質(例えば規模や競争力など)を持つ企業と情報交換ネットワークを構築することが多いからだ。つまり、輸出をしている企業同士が情報交換ネットワークを形成しているからといって、それは互いに輸出手続きや海外市場について情報を交換しているからではなく、単に競争力の高い企業同士が集まっているからかもしれない。さらに、ピア企業が輸出することで自社の輸出が促進される因果関係があったとしても、それは輸出に関する情報の波及効果なのか、競争力の高いピア企業から技術を学んだ効果なのかの切り分けが難しい。

この研究では、このような点に注意を払い、最新の方法で相関関係から因果関係を切り分け、さらにピア企業の輸出が自社の輸出に及ぼす影響とピア企業の性質(例えば競争力)が自社の輸出に及ぼす影響を別々に推計した。

その結果、ピア企業の輸出シェアが増えると、自社の輸出シェアが減ることが明らかになった。つまり、図に示されたピア企業と自社の輸出シェアの相関関係は、輸出企業同士が情報ネットワークを形成していることを反映しているだけであって、因果関係を示しているわけではなかったのである。また、この結果から、ピア企業が輸出することによって競争が激化して自社の輸出が抑制される効果が、ピア企業の輸出から自社が情報を得て輸出が促進される効果を上回っていることが分かる。

さらに、ピア企業の規模が大きいほど、自社の輸出が促進されることも明らかになった。これは規模の大きなピア企業から技術(輸出に関する情報ではなく)を学ぶことで競争力を強化した企業が輸出を開始する傾向にあることを示している。したがって、比較的大きな輸出企業と情報ネットワークを形成した場合は、技術の学習によるプラスの効果が競争によるマイナスの効果を上回り、輸出が促進される可能性がある。

いずれにせよ、この論文の分析結果は、他社の輸出が競争の激化を通じて自社の輸出を抑制する効果があることを浮き彫りにした。この点は、日本の中小企業の海外進出促進政策を実施する上でも重要である。

例えば、ある地域で海外進出セミナーなどの政策を実施しても、ある企業はそれをきっかけに輸出を開始できるかもしれないが、同業他社はそれを見て競争の激化を憂慮し、むしろ輸出を躊躇するかもしれない。そうなると、政策の効果は限定されてしまう。したがって、限られた海外市場への輸出を促進するのではなく、様々な海外市場へのアクセスを視野に入れた海外進出促進政策を実施する必要がある。

図:ピア企業と自社の輸出シェアの関係
図:ピア企業と自社の輸出シェアの関係