ノンテクニカルサマリー

米国金利上昇とグローバルリスクが新興市場国の日次資本フローに及ぼす影響

執筆者 小川 英治 (ファカルティフェロー)/清水 順子 (学習院大学)/羅 鵬飛 (一橋大学)
研究プロジェクト 為替レートと国際通貨
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト

近年、米国における金利上昇とグローバルリスクの高まりにより、新興市場国からの資本流出が深刻化している。世界金融危機後、初めてFRBが政策金利(FF目標金利)を引き上げた2015年12月以降、米国金利は徐々に上昇してきた。グローバルリスクに関しては、2015年後半から2016年前半に大幅に高まったが、2017年には非常に低い水準となった。しかし、2018年1月に、世界規模での株式売却が行われたことにより、グローバルリスクは再び高水準に達することとなった。本研究では、米国金利上昇とグローバルリスクの高まりが新興市場国の日次資本フローに及ぼす影響を実証的に分析するものである。

多くの先行研究では低頻度の資本フロー・データ(例:月次データや四半期データ)が使われていたが、本研究の特徴は、新興市場国における非居住者による株式・債券の日次純購入(購入マイナス売却)を利用して短期の資本フロー決定要因を分析している点である。なお分析対象は、インドネシア・インド・韓国・タイ・南アフリカ・ブラジル・フィリピン・ベトナム・台湾・中国(10カ国)の株式資本フローと、インドネシア・インド・タイ・南アフリカ・ハンガリー・メキシコ(6カ国)の債券資本フローである。

以下の図では、新興市場国の累積資本フローの合計を示している。全体として、近年の米国金利上昇により、新興市場国への株式資本フローと債券資本フローが累積的に増加していた。一方、グローバルリスク上昇期(2015年半ばの中国ショック、2016年6月Brexitショック、2016年11月トランプショック、2018年1月世界規模の株式売却)に、新興市場国への株式資本フローと債券資本フローは急落していた。

資本フローの動向が新興市場国間で大きく異なる理由は、新興市場国間に固有の違い(経済規模、金融市場開放度や対外金融負債など)が存在しているためである。そこで本研究はベクトル自己回帰(VAR)モデルを用いて、新興市場国別の資本フロー決定要因(2015年11月11日~2018年10月2日)分析を行った。また、地域的な経済的連動や投資家の国際分散投資や群衆行動(Herding behavior)のため、新興市場国の資本フローに伝染効果が存在すると言われている。本研究では分析期間に各新興市場国の資金フローに伝染効果の存在があるか否かを検証した。

本研究における実証分析から次の5つの分析結果を得た。第1に、市場参加者による米国金利の予想(FF先物)および市場参加者のグローバルリスク回避(VIX)の高まりは、多数の新興市場国における資金流出を導く可能性があるということを発見した。第2に、新興市場国の通貨安および株価の下落は、大部分の新興市場国における資本流出の決定要因であることが明らかとなった。第3に、新興市場国の資本流出(株式投資と債券投資)が更なる資本流出をもたらすという傾向が有意に見られた。第4に、新興市場国の資本流出が国内の株価を下落させ、自国通貨を米ドルに対して減価させることを見出した。第5に、新興市場国の資本流出に広い伝染効果があることを明らかにした。換言すれば、それは、世界規模で新興市場国から資本が流出する状況の下で、特に地域経済・金融の関係が強い新興市場国の間で、資本がさらに流出し、深刻さが増すことを示している。

分析結果に基づき、本研究では次の政策提言をした。第1に、新興市場国の通貨当局が資本流出の可能性に直面した場合、市場参加者による米国金利の予想および市場参加者のグローバルリスク回避行動を監視し、それらに対応する必要がある。第2に、新興市場国における資本流出が持続的であることと新興市場国間の資本流出の伝染効果が存在することから、通貨当局は、一国では対応困難であるため、IMFを中心とする国際機関による対応のほか、グローバルかつ地域的に各国経済のサーベイランスと資本フローのモニタリングに関する国際金融協力を促進すべきである。第3に、一部の新興市場国には日次レベルの資本フロー・データが整備されているが、多くの新興市場国ではそうではないため、日次レベルの国際資本フローのデータ整備が必要である。

図:新興市場国の日次資金フロー
図:新興市場国の日次資金フロー
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出所:Institute of International Finance (IIF) Daily Portfolio Capital Flows