ノンテクニカルサマリー

居住用不動産が家計の株式保有比率に及ぼす影響を分解する:日本のミクロデータによる分析

執筆者 祝迫 得夫 (一橋大学)/小野 有人 (中央大学)/齋藤 周 (年金積立金管理運用独立行政法人)/徳田 秀信 (国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

日本の家計の株式保有比率(株式保有額/金融資産額)が低いことは広く知られている。その一因として、家計の資産形成のかなりの部分を占める持ち家(居住用不動産)が、家計の金融資産市場でのリスク資産投資を抑制させている可能性が指摘されてきた(たとえば祝迫2012、徳田・齋藤2014)。しかし、居住用不動産が株式保有に及ぼす影響を検証したこれまでの実証研究の結果は区々である。

居住用不動産が株式保有に及ぼす影響について先行研究のコンセンサスが得られていないなか、近年注目を集めているのがChetty et al. (2017)である。彼らの貢献は、以下の2点である。第1は、居住用不動産が株式保有比率に及ぼす影響を考える上で、資産である住宅価額の影響と、負債である住宅ローンあるいは純資産(ホームエクイティ)の影響を識別する必要があることを、理論モデルに基づき明らかにしたことである。Chetty et al. (2017)によれば、家計のホームエクイティを固定した下での住宅価額の増加は、①家計の資産ポートフォリオにおける非流動性資産比率の上昇、②住宅価格リスクの増加、③住宅ローンの増加、を通じて株式保有比率を低下させる(負のリスク効果)。一方、住宅価額を固定した下でのホームエクイティの増加は、リスク許容度の上昇や分散投資を通じて株式保有比率を高める(正の資産効果)。

Chetty et al. (2017)の第2の貢献は、こうした理論モデルを実証するための分析手法を提案したことである。住宅価額、株式保有比率はともに家計の意思決定に基づくため、通常の最小二乗法では内生性の問題による推定バイアスが生じる可能性がある。そこで彼らは、「家計が住宅を購入した年」における地域の平均住宅価格と、「家計の株式保有比率が計測された年」における地域の平均住宅価格を操作変数に用いている。前者はホームエクイティに負の影響を、後者は住宅価額に正の影響を及ぼすと予想される。

Chetty et al. (2017)を応用した実証研究は、欧州にはいくつかあるが、我々が知る限り日本のデータを用いたものは存在しない。そこで本稿では、Chetty et al. (2017)が考案した分析手法を応用・改善して、居住用不動産が家計の株式保有比率に及ぼす影響を分析した。我々の分析における改善点は以下の2点である。第1は、ホームエクイティの代わりに住宅ローンの当初借入額を主要な説明変数として用いたことである。Chetty et al. (2017)は、住宅価格が高い時に住宅を購入した家計の現在のホームエクイティは小さいと想定しているが、これは、住宅ローンの返済額が住宅価格に関わらず一定であることを暗黙のうちに仮定している。住宅ローンの当初借入額を用いれば、そのような仮定は不要になる。第2は、住宅ローンの返済額を被説明変数とする分析を追加的に行い、株式投資と住宅ローン返済との代替関係を検証したことである。分析に用いたデータは、日経リサーチが毎年実施している家計向けアンケート調査である「金融総合定点調査『金融RADAR』」の2000~2015年データである。データの制約により、住宅価額は持ち家の土地(回答した家計の主観的評価による時価)を用いている。

本稿の主要な分析結果は以下の2点である。第1に、当初住宅ローン額が一定の下で住宅価額(持ち家の土地価額)が多い家計ほど株式保有比率が高い一方、住宅価額が一定の下で当初住宅ローン額が大きい家計ほど株式保有比率は低い。第2に、ホームエクイティが一定の下で住宅価額、住宅ローン額がともに大きい家計の株式保有比率には有意な影響はみられないが、住宅ローンの返済額が多い。

リスク効果 資産効果 リスク効果+資産効果
Chetty et al. (2017)
従属変数:株式保有比率
非有意
本稿
従属変数:株式保有比率
非有意
本稿
従属変数:住宅ローン返済額
非有意 非有意
(注)+(-)は少なくとも10%水準で有意にプラス(マイナス)の影響があることを示す。

本稿の分析結果をアメリカのデータを用いたChetty et al. (2017)と比較すると、Chetty et al. (2017)では有意な影響がある居住用不動産の株式保有比率へのリスク効果が、本稿では観察されない点が異なる。他方で本稿の住宅ローン返済額に関する推計結果からは、日本では、居住用不動産に係るリスクが、家計の株式投資を抑制するのではなく住宅ローン返済を促す形で働いていることが示唆される。日米でのこのような違いは、アメリカのいくつかの州(カリフォルニア、テキサスなど)では住宅ローンがノンリコースであるのに対して日本ではリコースであり、住宅ローンの返済圧力がより大きいことが一因ではないかと推測される。また、住宅ローン額を固定した下での住宅価額の増加(リスク効果+資産効果、たとえば地価の上昇による含み益の増加)は、アメリカではリスク効果と資産効果が相殺して株式保有比率に有意な影響を及ぼさないが、日本では資産効果だけが働くため株式保有比率を増加させる。以上をまとめると、本稿の分析結果からは、家計の保有する居住用不動産が、非流動性資産比率の上昇や住宅価格リスクの増加等を通じて株式投資を抑制するとの仮説を支持する結果は得られなかった。日本では、居住用不動産に係るリスクは、むしろ住宅ローン返済を促したと考えられる。

参考文献
  • 祝迫得夫 (2012)、『家計・企業の金融行動と日本経済―ミクロの構造変化とマクロへの波及』、日本経済新聞出版社
  • 徳田秀信・齋藤周 (2014)、「住宅保有に伴うリスク資産投資の抑制効果と制度的背景」、『みずほ総研論集』2014年Ⅱ号、1–30.
  • Chetty, Raj, László Sándor, and Adam Szeidl (2017). "The effect of housing on portfolio choice." Journal of Finance 72(3), 1171–1212.