ノンテクニカルサマリー

公的な産学連携支援策に係るスピルオーバー効果の観察

執筆者 秦 茂則 (コンサルティングフェロー)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

イノベーションを促進するための企業の研究開発に対する助成や減税措置、人材育成、スタートアップ支援等のイノベーション政策はいまや先進国のみならず新興国においても優先政策の1つである。わが国でも同様にイノベーション政策としてさまざまな施策が実施されているが、その政策効果については施策の結果得られた論文数や特許数、事業化の状況の観察に留まっており、知識のスピルオーバーといった研究開発政策の理論的根拠に基づく効果の測定はほとんど行われていない。

本研究では、産学連携促進策として実施されている国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)のシーズ顕在化タイプの助成事業を取り上げ、事業の成果である出願特許がどの程度他者の出願特許に引用されているかを観察し、公的な研究開発促進策における知識のスピルオーバー効果について検証した。

A-STEPのシーズ顕在化タイプの助成は大学等の研究者とその共同研究先である企業への助成であり、2010年度から2015年度の間に777の課題に助成が行われた。その成果を基にこれまで70件の特許が出願されている。

本研究では成果特許を出願した企業の発明者に着目し、当該発明者が出願した単独特許とA-STEPの成果特許を比較することにより、A-STEPによるスピルオーバー効果の評価を試みた。スピルオーバーの有無を被説明変数とするロジスティック回帰分析の結果として審査官によって引用された回数はスピルオーバーの確率を約35%高めることが観察された。一方でA-STEPを受給することがスピルオーバーの確率を高めることについて統計的に有意な結果は確認できなかった。

A-STEPを受給した企業と大学は受給前から特許の共同出願を行っているケースが多くみられており、上述の結果は既存の共同研究の延長線上でA-STEPを受給しているため他者にスピルオーバーする新たな知識の創出に繋がっていない可能性を示唆するものである。

今後の課題として、上記観察を基にA-STEPという個別事業の成果のみならず産学連携活動そのものついて社会的リターンの観点から知識のスピルオーバーを生じさせているかどうかの検証を行うことが必要である。

図表:抽出された公開特許とスピルオーバーの状況
企業単独特許 A-STEP成果特許
他者特許での引用 無し 448 35 483
有り 48 3 51
合計 496 38 534