ノンテクニカルサマリー

日本企業の為替リスク管理とインボイス通貨選択:「2017年度日本企業の貿易建値通貨の選択に関するアンケート調査」結果

執筆者 伊藤 隆敏 (コロンビア大学 / 政策研究大学院大学)/鯉渕 賢 (中央大学)/佐藤 清隆 (横浜国立大学)/清水 順子 (学習院大学)
研究プロジェクト 為替レートと国際通貨
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト

昨今の、グローバルな金融危機の影響と人民元の国際化など中国の経済的影響の拡大、さらに先進国の国際政治の変貌などにより、円を取り巻く環境は大きく変化している。2009年、2013年に続き3回目となる本アンケート調査の目的は、このような状況下において日本の輸出企業がどのような為替戦略を採用し、どの通貨をインボイス通貨として選択しているのかを調査することである。具体的には、日本企業の貿易取引を相手国・地域別に、そして輸出・販売ルート別に分類して調査し、東アジア域内を中心に構築されている海外生産ネットワークにおける貿易取引でのインボイス通貨の実態を把握し、いかなる理由でその通貨をインボイス通貨として選択しているのかを解明することである。

日本の総輸出に占める各通貨建て比率をまとめた表1から、2009年、2013年、2017年に実施した3回の調査を通じて円建て、米ドル建て、ユーロ建て、その他通貨建てのそれぞれの比率がどのように変化してきたかを一覧することができる。観察される主な特徴として、以下の3点が挙げられる。第一に、日本からの総輸出に占める円建て比率の平均値は、2009年の48.2%、2013年の41.8%、2017年の39.3%と単調な低下傾向が継続している。一方で、米ドル建て比率は2013年と2017年のいずれも50%をやや下回る程度の高い水準であり、円建て比率を凌駕している。ユーロ建て比率も水準自体は低いものの5%から7%程度の水準で安定的に推移している。第二に、米ドル建て比率が円建て比率を上回る傾向は、海外売上高に基づいて算出した加重平均値において特に顕著である。第三に、米ドル建て比率やユーロ建て比率と比べると水準は依然として低いものの、その他通貨建て比率が2009年の2.7%から、2013年の4.0%を経て、2017年の6.0%へと顕著な上昇傾向を示している。3回の調査に回答した企業は必ずしも同じではないため、単純に平均値を比較することには注意が必要だが、3回の調査に対して2回以上回答した企業にサンプルを絞り込んだ場合でも、上記の第一及び第三と同様の特徴を確認することができる。

以上の結果から、どのような政策提言が導かれるだろうか。第一に、日本の輸出企業がインボイス通貨として相手国通貨を選択するという特徴は、輸出企業自らが為替リスクを負担することを意味している。2009年調査以降、円建て(米ドル建て)比率が低下(増加)を続けている中、日本企業は為替相場の変動から発生する短期的なリスクを受け入れており、為替変動が日本企業の業績へ与える影響が増大している可能性がある。第二に、日本企業の円建て輸出が少なくなっていることは、必ずしも企業の後ろ向きな選択ではなく、海外生産ネットワークを拡大させ、連結ベースでの業績を向上させるための能動的な戦略とも考えられる。日本本社企業の視点からは、米ドル建てで輸出を行う一方で、海外から中間財等を米ドル建てで輸入することによって、いわゆるナチュラルヘッジを増やして為替変動への耐久力をつけることができる。他方で日系現地法人の視点に立てば、アジア域内諸国間での活発な工程間分業と中間財の取引を米ドル建てで行うことが、ナチュラルヘッジの観点からも合理的な選択であった。しかし、第三に、アジア諸国の経済成長とともに日系現地法人が所在国での現地調達を増加させると、ナチュラルヘッジの割合が減少する。また、日本本社企業も今回の調査でアジア向け輸出において、現地通貨建て比率を増やしていることが確認された。特に、中国向け輸出に占める元建て比率が2009年の1%から2017年には12%に急上昇しており、タイや韓国向け輸出でも2017年に相手国通貨建て比率が大きく上昇している。実は、日本本社企業とアジア所在現地法人の双方で為替リスクが高まっている可能性もある。こうした特徴は、日本企業にとってアジアの主要な取引相手国の通貨の国際化が、より重要となっていることを示唆するものであり、二国間の直接取引市場の開設など、アジア通貨の使い勝手を改善するための政策的関与が必要となるだろう。

表1:日本からの総輸出に占める各通貨建て輸出比率 (%)
表1:日本からの総輸出に占める各通貨建て輸出比率 (%)
注:加重平均値は海外売上高を用いて算出した。