執筆者 | 孟 健軍 (客員研究員) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
中国は1977年からの大学入試の再開およびその後の留学派遣の決定を契機に改革開放の時代に入ったと言っても過言ではない。しかし、過去40年間の中国における留学政策は制度的ジレンマの中、絶えず試行錯誤を繰り返し、留学人材もブレイン・ドレインの状況に長らく陥っていた。その後、国内経済市場化の進展に伴った帰国促進政策の強化によって留学人材は、ブレイン・サーキュレーションに変容し、国内における科学技術の発展およびイノベーションに大きく貢献している。
中国の留学政策の出発点は「文化大革命」の直後、経済発展への政策転換によって国の政治や経済および社会の全面的な荒廃から立ち直るための人材が極めて不足状態にあり、これらの状況を改善させる重要な方策の1つとして、留学派遣という考え方に行きついたことにある。また、当時の米中関係の急進展によって留学政策の開始には好機となり、海外華人ネットワークは外的促進要因となった。
しかし、その後の留学送り出し政策は、改革開放政策の全面進展に沿った形で進んだが、制度上のジレンマによってさまざまな試行錯誤が行われてきた。留学政策は主に、政策探索期(1978-1985年)、制度停滞期(1986-1991年)、制度整備期(1992-1995年)、政策成熟期(1996以降-)の4つの段階を経た。1993年に留学の歴史上もっとも開放的な“留学を支持し、帰国を奨励し、往来を自由にする”という斬新な留学政策の基本方針を打ち出したことによって、帰国促進政策を核心とする新たな段階の制度設計に入っている。それによって、表に示されているように、1978年以降の累積出国の留学人数は2016年まで459万人に上り、在学中の136万人を除いて学業完成後に帰国した累積人数はすでに265万人に達し、累積帰国率も82.2%に達成した。
この期間に、帰国起業ブームが2回もあった。1998年から2000年までにはアメリカに留学したIT人材は海外で必要とする資本と技術を入手し、よりコストが安く、かつ豊富である中国国内のIT人材を求め、起業環境が整えられている北京と上海、深圳などのハイテクパークに進出した。2013年からの第二次ブームは今日まで続いている。それは“大衆による起業、万人によるイノベーション”という中国政府の指針のもと、経済構造がサービス業への転換を図ることによってテクノロジー分野のイノベーションのみならず、新しいビジネスモデルの導入によって帰国ブームが起きている。
さらに、留学送り出し国である中国は近年、留学受け入れ大国へと変貌し、教育部は2010年に「留学中国計画」を公表し、2020年までに50万人の外国留学生を受け入れ、アジア最大の留学受け入れ国になるという中長期目標が掲げられている。このような留学受け入れ政策は、急速な経済成長を背景として教育ビジネスという経済理念が一般的に重視された。
改革開放40年以来の留学政策の変遷およびその実態を考察してみえた大きな特徴は、社会の変革に伴って中国政府の政策意図がさまざまな試行錯誤のプロセスを経てから、初めて制度設計がなされたことである。とくに、留学送り出し政策は“拡大(市場自由化)と縮小(政府の統治)”という制度的ジレンマに陥り、結局全面的に自由化したことによって政府の政策意図を明確にし、制度設計のプロセスに入ることを実現した。また、海外留学の実態は国内の制度的ジレンマに合わせるような形で、出国した留学生は2007年まで海外に大量に滞留し帰国せず、一時かなり深刻なブレイン・ドレインの状況下に置かれた。これは可能な限りの帰国促進政策によって現在解消されつつあり、ブレイン・サーキュレーションに変容してきた。さらに、留学政策はこの過程における自己学習効果として人材確保戦略の再構築に焦点を当て、極めて戦略的な目標とビジョンをもつプログラムが展開されている。それによって中国は、近年のイノベーション進展の波に乗り、留学の送出地から受入地に変容する制度設計の試みを成し遂げようとしている。
本稿の政策インプリケーションとして、グローバル人材の争奪と言われる21世紀においては、受入れ国と送り出し国は更なる国際比較を通じて、経済格差を見るだけでなく、社会文化の進歩と個人意識の変化をも見ながら留学生拡大の政策基盤を整備していくことが、自国の経済発展の潜在力および国際競争力を高める重要な道になると思われる。
期間 | 留学⽣の出国総数(万⼈)A=B+D | 学業完成後の帰国総数(万⼈)B | 学業完成者数(万⼈)C=B+F | 在学中と海外滞留者数(万⼈)D=E+F | 海外在学中数(万⼈)E | 海外滞留⼈数(万⼈)F | 累積帰国率(%)G=B/C |
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1978-2000 | 45.21 | 13.35 | - | 31.86 | - | - | - |
1978-2001 | 49.10 | 14.26 | - | 34.84 | - | - | - |
1978-2002 | 57.50 | 15.49 | - | 42.02 | - | - | - |
1978-2003 | 70.02 | 17.28 | 34.36 | 52.74 | 35.66 | 17.08 | 50.29 |
1978-2004 | 81.49 | 19.79 | 38.79 | 61.70 | 42.70 | 19.00 | 51.02 |
1978-2005 | 93.34 | 23.29 | 42.06 | 70.05 | 51.28 | 18.77 | 55.37 |
1978-2006 | 106.72 | 27.52 | 48.39 | 79.20 | 58.33 | 20.87 | 56.87 |
1978-2007 | 121.17 | 31.97 | 55.45 | 89.20 | 65.72 | 23.48 | 57.66 |
1978-2008 | 139.15 | 38.91 | 65.61 | 100.24 | 73.54 | 26.70 | 59.30 |
1978-2009 | 162.07 | 49.74 | 79.78 | 112.33 | 82.29 | 30.04 | 62.35 |
1978-2010 | 190.54 | 63.22 | 95.90 | 127.32 | 94.64 | 32.68 | 65.92 |
1978-2011 | 224.51 | 81.84 | 113.64 | 142.67 | 110.88 | 31.79 | 72.02 |
1978-2012 | 264.47 | 109.13 | - | 155.34 | - | - | - |
1978-2013 | 305.86 | 144.48 | 198.38 | 161.38 | 107.51 | 53.87 | 72.83 |
1978-2014 | 351.84 | 180.96 | 242.96 | 170.88 | 108.89 | 62.00 | 74.48 |
1978-2015 | 404.21 | 221.86 | 277.78 | 182.35 | 126.43 | 55.92 | 79.87 |
1978-2016 | 458.66 | 265.11 | 322.41 | 193.55 | 136.25 | 57.30 | 82.23 |
出所:教育部編『中国教育年鑑』各年版及び教育部ウェブサイトのデータを利用して筆者計算整理 |