ノンテクニカルサマリー

日本の製造業におけるITの利用がマークアップに及ぼす影響

執筆者 松川 勇 (武蔵大学)
研究プロジェクト 人工知能等が経済に与える影響研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「人工知能等が経済に与える影響研究」プロジェクト

本研究は、情報技術(IT)の利用と企業のマークアップ(生産物価格と限界費用の比率)の定量的な関係を分析することによって、人工知能に代表される革新的な技術の導入が企業の生産性および商品・サービスの価格設定に及ぼすインパクトを予測するための知見を得ることを目的としている。ITなどの革新的な技術の導入には、生産性の向上のみならず、付加価値の高い商品・サービスの供給を通じて差別化を促進する可能性がある。このため、生産性の向上による限界費用の低下と高付加価値化による生産物価格の上昇によって企業収益が改善してマークアップが上昇する可能性が考えられる。しかし、革新的な技術の導入には多額の費用が伴うため、少なくとも一時的に限界費用が上昇する可能性がある。また、産業内の競争が促進されて生産物価格が低下し、企業収益が悪化してマークアップが低下する可能性も考えられる。

ITの利用に関する指標として、情報処理部門に従事する従業者数の割合、無形固定資産に占めるソフトウェアの割合、有形固定資産の当期取得額に占める情報化投資の割合、情報処理通信費と売上高の比率、の4つを取り上げた。2007–2012年度における企業活動基本調査から得られたデータをもとに日本の製造業を対象として分析した結果、情報処理部門に従事する従業者数の割合が高まるにつれて企業のマークアップが上昇する点が示された。製造業全体では、情報処理部門の従業者の割合が10%高まるとマークアップが0.14%上昇することが明らかになった(表1)。この結果からは、従来型の職種からITの利用を中心とした職種へのシフトが、生産性の向上を通じた限界費用の低下を促すとともに、付加価値の高い商品・サービスの供給を通じた価格の上昇をもたらす点が推察される。人工知能などの革新的な技術に関連する職種へのシフトが起これば、生産性の向上とともに商品・サービスの高付加価値化が進み企業収益が改善することが期待される。

表1:ITの利用がマークアップに及ぼす影響
ITの利用を示す指標 弾力性
情報処理部門に従事する従業者の割合 0.014
無形固定資産に占めるソフトウェアの割合 -0.004
有形固定資産の当期取得額に占める情報化投資の割合 -0.006
情報処理通信費と売上高の比率 -0.056
注:弾力性は、ITの利用を示す指標が1%変化した場合に、マークアップ(生産物価格と限界費用の比率)が何%変化するのかを示す。

対照的に、無形固定資産に占めるソフトウェアの割合、有形固定資産の当期取得額に占める情報化投資の割合、情報処理通信費と売上高の比率については、いずれもマークアップを引き下げる効果がみられた。これらの3つの指標のうち、情報化投資と情報処理通信費についてはITの導入に必要なコストとの関連性が高いことから、ITの利用に伴う追加費用によって限界費用が引き上げられた結果、マークアップの低下を招いた点が推察される。このように、技術導入のコスト負担が企業収益を圧迫する危険性も考えられるため、人工知能などの革新的な技術の導入に際して何らかの公的な支援も必要になる。