ノンテクニカルサマリー

国際通貨の効用を決定する要因は何か?

執筆者 小川 英治 (ファカルティフェロー)/武藤 誠 (一橋大学)
研究プロジェクト 為替レートと国際通貨
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

マクロ経済と少子高齢化プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「為替レートと国際通貨」プロジェクト

ブレトンウッズ体制における国際通貨システムの下で米ドルは基軸通貨として使用されていた。ブレトンウッズ体制では、アメリカの通貨当局が米ドルを金に固定し、他の国の通貨当局は自国通貨を米ドルに固定させていた。この制度により、世界中の通貨間における為替レートの安定性を保つことが可能であった。しかし、1971年にアメリカの通貨当局が米ドルと金との交換を停止したことで、金に対する米ドルの価値を維持することができなくなり、ブレトンウッズ体制が崩壊した。その後、米ドルを基軸通貨として使用するというルールはなくなった。しかし、現在の国際通貨システムの中で米ドルは基軸通貨としての地位を維持し続けている。この現象を基軸通貨の慣性と呼ぶ。

国際通貨システムにおける基軸通貨は、国際通貨を保有する際に伴う便益と費用の比較によって決定される。そのため、基軸通貨の慣性は費用に比較した便益の慣性に関係があると考えられる。国際通貨を保有する際の費用には当該国のインフレによる通貨の減価が考えられる。一方、便益は国際経済取引における決済手段機能や価値貯蔵手段機能など、保有することで得られる効用が考えられる。

われわれの先の研究(Ogawa and Muto (2017a, 2017b))では、国際通貨の保有に伴う便益と費用を考慮したmoney-in-the-utilityモデルを用いて、5つの国際通貨(米ドル、ユーロ、日本円、英ポンド、スイスフラン)を保有することで得られる効用への貢献度を推定した。この効用への貢献度を国際通貨の効用と呼ぶ。その時系列の推定値から、欧州諸国における単一の共通通貨であるユーロが導入された時期においても、米ドルが国際通貨の中で一番高い効用を維持し続けていることが示された。一方、日本円の効用は低下し続けていた。

本稿では、国際通貨の効用を決定する要因についての分析を行った。決定要因には国際通貨の慣性、流動性、経済規模、通貨の安定性と価値を考慮した。また手法として、国際通貨の効用のラグ項が説明変数に含まれるダイナミックパネル分析を使用している。このラグ項は国際通貨の慣性を表している。本分析では、特に国際通貨建ての銀行間市場の流動性に焦点を当てている。ある国際通貨建ての銀行間市場が流動性不足に陥ると、国際経済取引における決済手段としての利便性が低下し、その効用を低下させると考えられる。図1はドルに関する3ヶ月物のLIBOR-TB、LIBOR-OIS、OIS-TBのそれぞれの推移を示している。ここでLIBORはロンドン市場における銀行間の金利、TBは米国財務省が発行する短期国債、OISは金利スワップである。また、LIBOR-OISはクレジットリスクプレミアム、OIS-TBは流動性リスクプレミアムを表す。本稿では流動性の指標として、この流動性リスクプレミアムを用いた。この図から、世界金融危機が生じた2007年中頃から2008年後半において、金融機関が強い流動性不足に直面したことが分かる。また、図2は国際通貨の効用の時系列である。米ドルの流動性不足に伴い、米ドルの効用が低下し、他の国際通貨が相対的に効用を上昇させていることが分かる。

分析の結果として、主に3つのことが明らかとなった。第一に、前期の国際通貨の効用の変化が今期の国際通貨の効用の変化に正の影響を与えていた。これは、前期の国際通貨の効用の変化と同方向に今期の国際通貨が影響を受けることを示唆しており、国際通貨の効用が変化に対して慣性を持つことを示している。第二に、流動性リスクプレミアムの変化は国際通貨の効用の変化に負の影響を与えていた。この結果は、当該の国際通貨建て銀行間市場が流動性不足に陥ると、その国際通貨の効用を低下させることを示唆している。第三に、資本フローの変化が国際通貨の効用の変化に正の影響を与えていた。資本フローは経済規模を表す変数である。つまり、資本フロー面の経済規模の変化が国際通貨の効用の変化に影響を与える可能性とともに、銀行間市場の流動性不足とも何らかの関連があることも示唆する。

最後に、結論として政策的含意をまとめる。上記の結果から、流動性リスクプレミアムと資本フローが国際通貨の効用に影響を与えていることが分かった。もし、通貨当局が自国通貨の国際化を目指す場合には、これらの変数に焦点を当てる必要がある。つまり、当該通貨建て銀行間市場の流動性を高めたり、資本フローを増加させるような政策を実施することを通じて、国際通貨の効用は増加すると考えられる。このような、国際通貨の効用の増加を通じて、通貨当局は自国通貨の国際化を推し進めることができるかもしれない。

図1:米ドルのクレジットリスクプレミアムと流動性リスクプレミアム
図1:米ドルのクレジットリスクプレミアムと流動性リスクプレミアム
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出所:Datastream
図2:国際通貨の効用(実質金利2%)
図2:国際通貨の効用(実質金利2%)
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*4つの時系列は国際通貨(米ドル、ユーロ、日本円、英ポンド)の国際通貨の効用を表す。国際通貨の効用は国際通貨の保有残高と予想インフレ率のデータから推定した。また。実質金利は2%と仮定している。国際通貨の保有残高はBISのウェブサイトのユーロカレンシー市場における国内通貨建て債務と外国通貨建て債務の合計を使用している。予想インフレ率はOECDのウェブサイトから取得したCPIデータとARIMAモデルを使用して推定した予想物価水準から計算した。
参考文献
  • Ogawa E. and M. Muto, (2017a) "Inertia of the US Dollar as a Key Currency through the Two Crises," Emerging Markets Finance and Trade, vol. 53, Issue 12, 2706-2724.
  • Ogawa E. and M. Muto, (2017b) "Declining Japanese Yen in the Changing International Monetary System," East Asian Economic Review, Vol. 21, No.4, 317-342.