執筆者 | 伊藤 萬里 (リサーチアソシエイト) |
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研究プロジェクト | デジタル経済における企業のグローバル行動に関する実証分析 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
貿易投資プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「デジタル経済における企業のグローバル行動に関する実証分析」プロジェクト
なぜ政治家は保護主義的な政策を掲げるのか?
保護主義が台頭する中、政治家がなぜ保護主義的な政策を選好しようとするのか、その決定要因を探る実証研究が、特に近年保護主義が台頭している米国において注目を集めている。主な要因の1つとして分析の焦点が当てられているのは中国からの輸入増大である。安価な製品の輸入増大によって国内生産者が打撃を受けるため、こうした地域を含む選挙区から立候補する政治家は有権者からの支持を得るため貿易制限的な政策を掲げることが予想される。米国と同様に日本も中国からの輸入は増加傾向にある。下の図は、日本の中国からの実質輸入額を最終財と中間財などの生産向けの財の2つに分けて示しており、特に生産向けの財輸入の増加が近年顕著であることを示している。
貿易の影響以外にも、最近の実証研究によれば、政治家が直面する選挙の重圧が保護主義化と関係があることが示されている。選挙が近くなったり、選挙戦が当落線上にあるような厳しい状況下では、保護主義的な政策が選好されやすいという。保護主義が輸入増大や選挙の重圧とどのような関係にあるのか、この論文では日本の国政選挙のうち、2009年、2012年、2014年の衆議院議員選挙と、2010年、2013年の参議院議員選挙の選挙期間中に実施された候補者アンケート調査から貿易政策に関する回答結果(自由貿易か国内産業保護か)を利用して、選挙区が受ける貿易ショックによる政策選好への影響と、候補者が受ける選挙の重圧による政策選好への影響を、ロジスティック回帰分析によって定量的に分析した。
実証分析のアプローチ
選挙区が受ける貿易ショックは、先行研究に倣って1人当たりの輸入増加と輸出増加をそれぞれ貿易データ(RIETI-TID)や国勢調査を元に、選挙区レベルで統計的に計測した。他方で、選挙の重圧を候補者ごとに定量的に観測することには困難が伴う。そこでこの研究では3つの観測可能な候補者属性を用いて選挙の重圧を捕捉しようと試みた。1つは現職候補と非現職候補の違いである。一般に、現職候補は非現職候補に比べ知名度や資金面等において有利であることが知られている。新人候補や元職ほど選挙に当選するために受ける重圧は大きいものと考えられる。もうひとつは衆議院と参議院の違いである。衆議院は選挙区が小さい上、解散がありいわゆる常在戦場であるが、参議院は選挙区が都道府県レベルで3年ごとに確実に選挙が行われ、当選すれば任期が6年間保証されている。衆議院議員選挙に立候補する候補者の方が選挙の重圧が大きいものと思われる。第3に、候補者自身の選挙の強さを得票マージンによって計測している。選挙に大差で勝利するような候補者は選挙の重圧が弱く、より革新的な政策を掲げやすいかも知れないが、僅差で当落線上にあるような候補者にとっては重圧が強く、より穏健な政策スタンスを採りやすいと考えられる。
選挙の重圧が保護主義化に拍車をかける
候補者レベルのミクロデータに基づく実証分析から明らかとなった点は次の3点に集約される。
- 選挙区での1人当たりの輸入増大は、候補者の保護主義的な政策を選好する確率を高める。
- この効果は特に近年輸入の急増が見られる中間財などの生産向けの輸入に確認でき、輸出増加による相殺効果を考慮してもなお残る頑健な傾向である。
- 選挙の重圧が強い(非現職、衆議院、得票マージン低い)候補者ほど、輸入増加によって受ける保護主義化の効果が顕著である。
本研究の分析対象ではないが、2016年の米国大統領選では選挙戦において投票日が近づくほど接戦になることが伝えられ、候補者間で保護主義的な政策が際立ってきたことは、われわれの記憶に新しい。こうした経過は本研究の結果と整合的といえるのかもしれない。保護主義の抑制を考えるためには、貿易面だけでなく、選挙に際して政治家の間で異なる重圧の程度も考慮に入れる必要がある。