ノンテクニカルサマリー

輸出企業と多国籍企業の労働市場の不完全性、マークアップ、および生産性

執筆者 Sabien DOBBELAERE (Vrije Universiteit Amsterdam)/清田 耕造 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト 企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業成長と産業成長に関するミクロ実証分析」プロジェクト

近年の研究では、輸出企業(輸出を行う企業)のマークアップ(企業のつける価格と限界費用の比率)が非輸出企業(輸出を行わない企業)のそれよりも高い傾向にあることが確認されている。ここでマークアップとは(規模に関して収穫一定の下で)財市場における利潤率を示す指標である。標準的なミクロ経済学のテキストが教えるように、財市場が完全競争的であれば、価格は限界費用と等しくなり、マークアップは1になる。逆に財市場において企業の価格支配力が強くなれば、マークアップは1よりも大きくなる。このため、輸出企業と非輸出企業の差は輸出企業が非輸出企業と比べてより不完全競争的な財市場に直面していることを示唆している。

しかし、これまでの研究では、労働市場は完全という前提の下で、すなわち、企業は賃金を所与として雇用量を決めるという前提の下で財市場でのマークアップが測られていた。たとえば賃金が労使交渉の結果決まることがあることを踏まえると、完全競争的な労働市場を前提として推定されたマークアップにはバイアスが生じている可能性がある。言い換えれば、企業の直面する市場が完全競争的かどうかを見極めるためには、財市場だけでなく労働市場についても不完全性を考慮する必要がある。

本研究は、輸出や直接投資を行う企業が労働市場や財市場においてどのような不完全性に直面しているのかを明らかにしようと試みたものである。分析には1994年から2012年までの『企業活動基本調査』を利用した。分析の手法はDobbelaere and Mairesse (2013)を拡張するものである。分析では輸出企業かどうかという点だけでなく直接投資を行う多国籍企業かどうかという点にも注目した。

本論文では、労働市場の不完全性として、効率的交渉(企業が労働組合との交渉を通じて賃金と雇用を決める状況)と買い手独占(企業が独占的に賃金と雇用を決める状況)に注目した。直感的には、効率的交渉は完全競争的な労働市場と比べて労働者の交渉力がより強いケースであり、買い手独占は企業の交渉力が強いケースと説明できる。完全競争の下では企業は賃金を所与としているのに対し、不完全競争下では企業は賃金を所与としていない点が大きな違いである。一方、財市場の不完全性として、価格支配力が強いかどうか、すなわちマークアップが1よりも大きいかどうかに注目した。

表1:企業の国際化と労働・財市場の不完全性
表1:企業の国際化と労働・財市場の不完全性

表1は説明変数に輸出企業・多国籍企業ダミー、被説明変数に各市場の状況(たとえば財市場であれば不完全競争か否かなど)を用いたプロビット・モデルの推定結果(限界効果)であり、輸出企業と多国籍企業が労働市場、財市場においてそれぞれどのような不完全性に直面しているのかを表したものである。たとえば労働市場における輸出企業の限界効果は効率的交渉において正で有意、逆に買い手独占において負で有意となっている。この結果は、輸出企業は非輸出企業と比べてより効率的交渉に分類されやすく、また買い手独占に分類されにくいことを意味している。

結果のポイントとして、大きく3つの点が挙げられる。
1) 輸出企業は労働市場で効率的交渉に分類されやすく、買い手独占に分類されにくい。
2) 一方、多国籍企業は労働市場において買い手独占に分類されやすく、効率的交渉に分類されにくい。
3) 輸出企業は不完全競争的な財市場に直面する傾向があるが、多国籍企業は逆に完全競争的な財市場に直面する傾向がある。

また図1と図2は労働市場の不完全性を考慮した上での生産性とマークアップ(中位数)の産業別の推移である。多くの産業でマークアップが低下する一方、生産性は上昇する傾向にあることが確認できる。

図1:産業別生産性の推移:1995-2012年
図1:産業別生産性の推移:1995-2012年
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図2:産業別マークアップの推移:1995-2012年
図2:産業別マークアップの推移:1995-2012年
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輸出企業は効率的交渉に分類されやすく、買い手独占に分類されにくいという結果は、輸出企業では労働者がより交渉力を持つ傾向にあることを示している。一方、多国籍企業は買い手独占に分類されやすく、効率的交渉に分類されにくいという結果は、多国籍企業では企業がより交渉力を持つ傾向にあることを意味している。これらの結果は、輸出と直接投資では労働者と企業の交渉力に与える影響が異なることを示唆している。これまでの多くの実証研究では、企業が直接投資を行っても雇用は失われないことが確認されているが(清田、2015)、直接投資(たとえば生産拠点の海外への移転)とともに労働者の交渉力は弱まっている可能性がある。

輸出企業が不完全競争的な財市場に直面する傾向があるという結果は、輸出企業が高い価格支配力を持つ傾向にあるという先行研究の結果と整合的である。一方、多国籍企業の価格支配力が低い傾向にあるという結果はやや直感に反するものだが、多国籍企業が国内のインプット(たとえば本社機能や国内での研究開発など)を活用して海外で生産・販売活動を行っていることを踏まえると実は驚くような結果ではないのかもしれない。なぜなら、海外子会社は海外子会社への輸出を通じて自身の産出価格を低く見せることが可能なためである。この点については、今後の分析を通じて明らかにしていく必要がある。

また、多くの産業でマークアップが低下する一方、生産性が上昇する傾向にあることを確認した。この結果は、日本企業の直面する市場が競争的になっている中、生産性の向上が進んでいることを示唆している。ただし、一部の産業では生産性が低下する傾向にある。製造業全体の生産性を向上していくためには、このような産業での生産性向上が不可欠であるといえる。

文献
  • 清田耕造(2015)『拡大する直接投資と日本企業』、NTT出版。
  • Dobbelaere S, Mairesse J. 2013. Panel data estimates of the production function and product and labor market imperfections. Journal of Applied Econometrics, 28(1): 1-46.