ノンテクニカルサマリー

育児休業と女性の技能利用:PIAACからの知見

執筆者 川口 大司 (ファカルティフェロー)/鳥谷部 貴大 (東京大学)
研究プロジェクト 日本の労働市場の転換―全員参加型の労働市場を目指して―
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「日本の労働市場の転換―全員参加型の労働市場を目指して―」プロジェクト

先進各国で労働市場における男女間の機会格差縮小と家族形成促進を両立させるため、育児休業制度の充実がはかられている。育児休業制度の充実は女性の労働市場における活躍機会を拡大させるとの見方がある一方で、行き過ぎると労働市場における女性の役割を補助的なものに固定化し女性の活躍機会を制約するとの指摘もされている。

本論文では国際比較を通じて育児休業制度が労働市場における女性の活躍にどのような影響を与えているかを検証した。女性の労働市場における活躍の指標として、個人のスキルとそのスキル利用の度合いを直接測定したPIAACを用いた点がユニークな点である。PIAACはOECDが加盟30カ国以上で行った調査であり、調査には各国約5000以上の個人を対象に個人の読解力や数理的思考力を測定する質問と、それら能力の職場での利用頻度を聞く質問が含まれている。これらの質問項目を利用することで高いスキルを持っているにも関わらず、それを労働市場で利用していない「スキルの過少利用」を直接測定できる。

図1の左図はPIAACより計算された読解力の男女差である。これを見ると、女性の平均読解力が男性よりもやや低い国が多いものの、その差は大きくても0.1標準誤差(偏差値にすると1)ほどで、あまり大きな差はない。その一方で右図に示す職場における読解力の利用(以下、読解力利用とする)頻度の男女差を見ると女性のほうが利用頻度の低い国が多く、その差は国によって大きく異なる。日本は読解力に男女差は見られないが、女性の読解力利用頻度は男性と比べてきわめて低く、その男女差は約0.5標準誤差(偏差値にすると5)に上る。本論文では、このような読解力利用の男女差の国による違いを育児休業制度の違いによって説明した。

図1:読解力とその利用頻度の男女差
図1:読解力とその利用頻度の男女差
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注:読解力並びに読解力利用頻度は各国の平均が0、標準偏差が1となるように標準化。点は平均点の男女差。上下の棒は95%信頼区間。

ここでは育児休業の長さとスキル利用の男女差の大きさの関係を紹介しよう。図2は各スキルレベルでの育児休業期間の長さと読解力利用頻度の男女差の関係についての推定結果を示している。推定の際には、育児休業の期間の長さと女性の労働市場におけるスキル利用の双方に影響を与えうる課税制度、性別役割分業に関する価値観や労働市場制度などの要因を制御した。

この図は育児休業が長くなると、低スキルの男女間での読解力利用頻度の差が縮小する一方で、高スキルの男女間での差が拡大することを表している。育児休業制度は雇用保護の側面を持つため、労働市場との結びつきが弱く出産後に労働市場に復帰することの難しい女性の雇用を守ることで就労を促し、再び労働市場で活躍する機会を与えているのだと考えられる。

図2:育児休業期間の長さと読解力利用頻度の男女差
図2:育児休業期間の長さと読解力利用頻度の男女差

一方で育児休業期間が長くなると、スキルの高い女性の読解力利用頻度は男性と比べて低くなっており、長期の育児休業制度は女性を高度なスキル利用の求められる職から遠ざけてしまう傾向にあるということが明らかになった。これは、統計的差別を生み出してしまっているという指摘と整合的な結果である。つまり、女性労働者は将来長い育児休業を取るかもしれないという不安を雇用主が抱くことで、女性に重要な職を与えることが難しくなっている可能性があるということだ。

以上の結果は、女性の活躍推進と家族形成を両立させようとする育児休業制度が女性の労働市場における補助的な位置を強化させてしまうことを示唆する結果であり、家族政策そのものを性別中立的なものとして設計していくことの重要性を示唆している。