執筆者 | 長谷部 拓也 (上智大学)/小西 祥文 (筑波大学)/慎 公珠 (九州大学)/馬奈木 俊介 (ファカルティフェロー) |
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研究プロジェクト | 人工知能等が経済に与える影響研究 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「人工知能等が経済に与える影響研究」プロジェクト
少子・高齢化を伴う人口減少によって将来的な労働力供給の極端な減少が予想される中、AI技術の活用や働き方改革を通じた労働生産性の向上が重要な政策課題となってきている。本研究は、働き方改革の目玉と考えられるホワイトカラー・エグゼンプション制度の潜在効果を測ることを目的として、同制度の前身と位置付けられる裁量労働制が正規雇用者の労働時間・時間当り賃金へ与えた影響に関して定量的な評価を行った。
裁量労働制とは、1988年の労働基準法改正により発足した「みなし労働制」の1つであり、一定の条件の下で、労働基準法に定められる「割増賃金規定」と「労働時間規定」からの適応除外を認める制度である。理論上、前者の適用除外は、事業者の労働コストと雇用者への労働インセンティブを通じて労働市場へ直接的な価格効果を及ぼすものと考えられ、古典的な労働モデルでは労働時間と労働賃金の上昇をもたらすと考えられる。一方で、後者の適用除外に関しては、労働市場を「労働者の属性(スキル、選好)」と「仕事の属性(職種、労働時間、賃金)」の非明示的なマッチング市場と捉えるRosen(1986)のモデルを応用した。Rosenのモデルでは、他の属性を所与とすれば、仕事の量や質に対する要求水準に応じて、均衡における賃金水準が調整される。反対に仕事量・質を所与とすれば、「柔軟な働き方を許容するような制度」は補償賃金が低くなるよう均衡が調整され、その結果、生産性の相対的に低い人も裁量労働へ誘引される事、生産性や選好に応じて労働時間が決定されるため、必ずしも労働時間を減少させる効果が無い事が理論的に予測される。
本研究は、以上のような裁量労働制の2つの側面に注目し、その潜在的効果に関する実証分析を行った。分析には2016年に行ったインターネット調査のデータを用いた。本調査には、4万人を超す正規労働者に関して、一般的な政府調査より多くの職業属性・個人属性が含まれている。分析に際して筆者らが注目したのは、日本の労働市場には、裁量労働制とは別に、割増賃金規定が適用されていないにも関わらず、労働時間や働き方が暗黙裡に管理されている「名ばかり管理職」が存在している点である。価格効果(割増賃金規定の効果)の推定には、割増賃金も時間管理も適用される通常の正規労働者と割増賃金が適用されていないが時間管理される名ばかり管理職の2つのサブ・サンプルを比較利用し、柔軟な働き方の効果(時間管理規定の効果)の推定には、名ばかり管理職と裁量労働制で働く労働者のサブ・サンプルを利用した。これらを更に比較可能なサンプルとして調整するために、層化マッチング推定を行った。推定には、多くの観察可能な個人属性・職業属性(業種、職種、企業・部署サイズ、部下の人数など)を直接制御するだけでなく、裁量労働制の出現率が企業規模と人口密度に応じて増加していることを利用して観察不可能な属性も間接的に制御した。推定結果は下の表にまとめられている。割増賃金が適用除外される働き方は、そうでない働き方に比べ労働時間・賃金率ともに統計的に有意に増加することが明らかとなった。一方、裁量労働制は、時間管理のある働き方に比べ、労働時間には有意な差が無いものの、賃金率はわずかではあるが有意に減少することが明らかとなった。これらの結果は理論予測とも整合的である。
さらに、このような実証研究の結果は、海外における実証研究の結果とも整合的である。たとえば、Mas and Pallais(2017)は、米国の全国規模のコールセンターの新規雇用の応募者に対し、離散選択実験を行うことで、平均的な応募者が「柔軟な(雇用者に制限されない)仕事スケジュール」に対し、労働賃金の約20%に相当する支払意思額を持っている事を示した。また、本研究の分析内容とは異なるがBloom et al. (2015)は、中国の旅行会社の従業員に対してRCT実験を行うことで、在宅勤務が労働者のデータ入力の業務実績を大幅に改善することを示した。本研究とこれらの既往研究の結果を勘案すると、柔軟な働き方が3つの(働き方改革で必ずしも想定していない)経済的便益を提供する可能性を示している。第1に、多くの労働者が柔軟な働き方を是とし、それによって補償賃金が減少するのであれば、企業にとっての労働コストの抑制に繋がり、限界利潤ベースでの企業生産性を向上させる。第2に、Bloom et al. が示すように、柔軟な働き方が、労働実績(仕事量や質)ベースでの労働生産性を増加させるのであれば、企業収入ベースでの企業生産性も増加させる。その際、労働賃金が補償需要によって減少しているのであるから、投資へと回せる企業利潤の内部留保率は増加するであろう。また投資リターンによって、労働賃金は長期的に上昇する可能性もある。仮に労働賃金の長期的上昇に繋がらなかったとしても、これらの効果が労働者の自己選択による帰結であることから、労働者の平均的厚生は向上しているはずである。但し、日々の仕事量・進め方や時間の使い方に関して労働者に十分な裁量権が保証されていなければ、これら潜在的なメリットが享受できない点に留意する必要がある。
本研究は、裁量労働制の経済効果を定量的に評価した実証研究であるが、AI技術が労働市場へ与える影響を考える上での基盤研究として行われた。我が国におけるAI技術の導入事例はまだ少なく、現時点で、同技術の労働市場への影響を定量的に評価することは難しい。しかし、我が国の労働市場が、Rosenのモデルと整合的に機能しているということは、AI技術を単なる労働力の代替や生産技術として外挿的に入れて評価するのでは無く、AI技術を「仕事の属性」の1つとして考慮することの重要性を示唆するものと考えられる。また、AI技術導入に際しては、過去数十年に行われたIT技術導入の轍を踏まないよう注意する必要がある。たとえば、業務効率化を目的としたIT技術の導入が、必ずしも非効率的業務の減少につながらず、既存の業務形態とIT技術を利用した業務形態とが併存するという矛盾が指摘されている(例:電子決済と紙媒体決済の併用)。「日本人は非効率的な仕事を効率的にこなす」という不名誉な揶揄が示唆するように、本来、優秀で生産性の高いはずの我が国の労働者が、非効率な制度・業務形態・労働様式によって、その潜在力を十分に達成出来ていない可能性があるのであれば、AI技術が発達し、多くの企業で活用されるようになったとしても、効率的な労働力不足の解消が行われるのは、もともと効率的な制度・業務形態・労働様式を持つ企業に留まってしまい、国全体の労働生産性の向上に繋がらない可能性がある。AI技術の導入と併行して、日本企業の働き方に関する研究をより活発化させ、AI技術導入が労働生産性へ与える潜在効果を最大限に生かせるような労働制度・業務体制・労働様式を考えてゆく必要があろう。
(割増賃金なし、時間管理あり)と (割増賃金あり、時間管理あり)の差 |
(割増賃金なし、時間管理なし)と (割増賃金なし、時間管理あり)の差 |
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全体 | ||
週当たり労働時間 | 2.2853 *** | -0.2348 |
時間当たり賃金 | 0.1155 *** | -0.0587 |
大企業 | ||
週当たり労働時間 | 2.6872 ** | -0.4062 |
時間当たり賃金 | 0.1585 *** | -0.0892 * |
都市部 | ||
週当たり労働時間 | 2.3412 *** | 0.5100 |
時間当たり賃金 | 0.1832 *** | -0.1317 *** |
注: *は10%水準で、**は5%水準で、***は1%水準で統計的に有意であることを示す。 |
- 文献
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- Bloom, N., J. Liang, J. Roberts, and Z. J. Ying (2015). Does working from home work? Evidence from a Chinese experiment. The Quarterly Journal of Economics, 130 (1), 165-218.
- Mas, A. and A. Pallais (2017). Valuing alternative work arrangements. American Economic Review, 107 (12), 3722-3759.
- Rosen, S. (1986). The theory of equalizing differences. Handbook of Labor Economics, Volume 1, Chapter 12, 641-692.