ノンテクニカルサマリー

労働時間が生活満足度に及ぼす影響-日本における大規模アンケート調査を用いた分析-

執筆者 鶴見 哲也 (南山大学)/馬奈木 俊介 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 人工知能等が経済に与える影響研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「人工知能等が経済に与える影響研究」プロジェクト

建設業において定期メンテナンスを行っていく際、高所など人間が近づく場合に危険を伴う場所のモニタリングにドローンの活用が検討されている。こうした人間が労働を行う際に危険を伴う業務、単調であり仕事満足度が低いような業務、あるいは長時間労働の原因となっている業務など、機械が人間の労働代替を行うことで人々の仕事満足度を高めることにつながる可能性が考えられる。このほかにも、人工知能により仕事内容を細分化して労働者に割り当てるシステムの発展が考えられ、女性の社会進出に伴い、働き方の多様性の重要性が議論される今、短時間での労働を分配していくワークシェアの発展にもつながると考えられる。加えて、情報通信技術の進展により、自宅や職場の外で仕事を遂行することが容易になり、性別に関係なく仕事を持ち、家事をこなすことが一般的になる中で、労働時間や職場の流動化がより進むことも指摘されている。

以上のように、機械や人工知能の技術が発展していく中で、労働が人々の生活満足度に及ぼす影響は変化していく可能性があるといえる。本研究は2015年に日本で行われた大規模アンケート調査のデータを用い、現状日本人がどのような労働において満足度が高く、どのような労働において満足度が低いのかを明らかにしている。家庭と仕事の両立で苦労している、あるいは仕事満足度が低い業務を行う傾向があるなど、苦しんでいる人々は多いと考えられる。そうした苦しんでいる人々の労働を、機械や人工知能の発展により労働代替していくことは意味のあることと考えられる。本研究では大規模アンケートデータの強みを活かし、年代別、男女別、婚姻状況、共働きかどうか、所得別、雇用形態別(正社員、非正規社員、自営業、パートタイムなど)、産業別、業種別といった個人の特徴ごとに労働時間と生活満足度の関係性を明らかにしている。アンケート対象者は日本全国に住む働く人々(契約・派遣社員、パート・アルバイトを含む)である。今後、どのような人々の労働環境改善に機械・人工知能を活用していくべきか、あるいはワークシェアの発展はどのように行っていくべきかについての議論をしていく際の基礎材料として本研究の成果が活用されることを期待している。

分析では以下の図に示すようなサンプル別の結果が得られている。図の見方は以下のとおりである。まず縦軸が生活満足度(0から10の11段階の指標)、横軸が平日の平均労働時間(0時間から12時間)である。縦軸の中央部分(0)がサンプル平均の生活満足度となっている。

まず顕著な違いがみられたのが男女別の推計であった。具体的には男性は8時間から11時間までの長時間労働において生活満足度がサンプル平均以上で維持されるのに対して女性は6時間以降サンプル平均以下の生活満足度となることが読み取れる。このことは日本において平均的に女性が長時間働きにくい環境となっていることを示唆していると考えられる。

また、既婚と独身においても顕著な違いが見出されており、独身は8時間を超える長時間労働においても平均以上の生活満足度が維持されるのに対して、既婚では8時間を超えると平均以下の生活満足度となることが指摘できる。仕事と家庭との両立が既婚者において生活満足度を低下させている可能性を示唆するものと考えられる。このことは既婚者を共働きと片働き(アンケート回答者が働いている)に分けた場合にも片働きのほうが長時間労働において生活満足度を平均程度に維持できていることからも示唆される。

世代別にみた場合にも、未就学児の子育てを行う若い世代において超時間労働の人々が苦しんでいる現状が指摘できる。所得別には低所得層において長時間労働で生活満足度が低下しやすい傾向が見出され、就業形態別には派遣・契約社員およびパート・アルバイトが労働時間が増大するにつれて単調に生活満足度を低下させている傾向が見出される。分析ではこのほか、産業別および業種別の結果も示している。業種別の推計においても差異が見出されている。

以上の分析より労働により苦しんでいる人々の存在を明らかにすることができた。労働環境改善に機械および人工知能の活用が待たれる。また、ワークシェアに関しては、契約・派遣社員については5時間程度まで生活満足度が低下しない傾向が見出されており、このような人々は将来的にたとえばワークシェアが普及した段階で4から5時間程度の仕事が得られることに一定の価値を見出す可能性が分析結果から示唆される。またパート・アルバイトについては線形的に労働時間が増大するにつれて生活満足度が低下していることから、短時間での労働に一定の価値を見出していることが示唆される。こうした、短時間での労働に価値を置く層の存在は、ワークシェアの実現のためには好材料と考えられる。業務を細分化し、人々のニーズに合った人員配置を行うシステムが発展していくことでワークシェアの実現にも近づいていくのではないかと考えられる。

図:サンプル別分析結果
図:サンプル別分析結果
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注)上下の曲線は95%信頼区間を表している。