ノンテクニカルサマリー

協同組織金融機関のリスクテイクと金融システムの安定性:グローバル金融危機からの教訓

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「地方創生に向けて地域金融に期待される役割-地域経済での雇用の質向上に貢献するための金融を目指して-」プロジェクト

研究の目的

本研究では日本の国内地域金融機関によるリスクテイクの決定要因を所有形態とコーポレート・ガバナンス構造の影響を中心として実証的に分析する。

研究の背景

標準的なプリンシパル・エージェント理論によれば、「依頼人(プリンシパル)」である企業の株主と「代理人(エージェント)」である経営者の利害は必ずしも一致せず、経営者は情報優位にある自らの立場を利用して株主の利益よりも自らのそれを優先して行動するおそれがある。ところで、少なくない先行研究において、銀行経営者は「銀行特殊的 (bank-specific)」な人的資本(自行内でのみ通用する知識・技能やノウハウ)や経営者としての私的便益を有するため、有限責任制のもとで自らの利益の最大化を図る株主よりもリスクテイクに対して抑制的であるとされる。換言すれば、銀行経営者と株主の間にはリスクテイクに関する潜在的な利害対立が存在するわけである (De Haan and Vlahu, 2016)。そのため、銀行のリスクテイクの程度はコーポレート・ガバナンス構造における株主と経営者の関係性に依存し、たとえば取締役会のあり方が「株主重視型」であれば、株主価値の最大化を図るべくそうでない場合よりもリスクテイクに積極的なはずである。

他方、協同組織金融機関は利潤最大化を目的とせず、株式会社と比較して資本コストも大きくない。また、所有者(信金・信組の場合は会員、ないし組合員)もいわゆる「一人一票制」のために自ら費用を負担して経営者をモニタリングする誘因に乏しい。そのため、協同組織金融機関の理事会のあり方がコーポレート・ガバナンス構造における所有者と経営者の関係性、ひいてはそのリスクテイクに影響する余地はほとんどないはずである。

研究の方法

(1)個別金融機関の破綻リスク(の逆)をあらわすzスコアを被説明変数、所有形態ダミー、取締役会ないし理事会の規模・構成、およびその他のコントロール変数を説明変数とする回帰分析を行う。(2)グローバル金融危機直後の信金・信組のzスコアと会員・組合員の利益の代理変数の相関関係を統計的に検証する。

分析結果と政策的含意

本研究の主要な分析結果は以下の通りである。(1)協同組織である信金・信組は株式会社組織である地域銀行よりも高い安定性を確保している(表1)。(2)「株主重視型」の取締役会を有する地域銀行はそうでない場合よりも破綻リスクが高く安定性が低い。他方、信金・信組の理事会のあり方と安定性の間に有意な相関は見出されない(表2)。(3)信金・信組の安定性の高さがコーポレート・ガバナンスの脆弱性に起因することを示すエビデンスは得られない(表3)。

本研究の分析結果の頑健性については今後のさらなる検証が必要であり、拙速に政策的な含意を議論することには慎重であるべきである。しかし、分析から得られたエビデンスは信金・信組のリスクテイクのあり方が株式会社組織である地域銀行のそれとは異なることを強く示唆している。金融システムの安定を図りながら地域雇用を担う中小・零細企業に安定的な成長資金を供給するというきわめて今日的かつ高度な政策目標の実現のためには、信金・信組をはじめとする協同組織金融機関のコーポレート・ガバナンスと行動原理についてのさらなる学術的知見の蓄積が急がれる。

表1:推計結果:ベースライン推計
表1:推計結果:ベースライン推計
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表2:推計結果:取締役会・理事会の特徴とリスクテイク
表2:推計結果:取締役会・理事会の特徴とリスクテイク
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表3:スピアマンの順位相関係数
表3:スピアマンの順位相関係数
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文献
  • Bouwens, J. and A. Verriest (2014) "Putting Skin in the Game: Managerial Ownership and Bank Risk-Taking," Harvard Business School Working Paper, No. 14-070.
  • De Haan, J and R. Vlahu (2016) "Corporate Governance of Banks: A Survey," Journal of Economic Surveys, Vol. 30 (2), pp. 228-277.
  • Laeven, L. and R. Levine (2009) "Bank Governance, Regulation and Risk Taking," Journal of Financial Economics, Vol.93 (2), pp. 259-275.