ノンテクニカルサマリー

地域金融機関による経営者教育の効果の検証―金沢信用金庫による取り組み事例―

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「地方創生に向けて地域金融に期待される役割-地域経済での雇用の質向上に貢献するための金融を目指して-」プロジェクト

企業の経営者が経営に必要な能力を持ち合わせていることは、自明のことのように思える。しかしながら、いくつかの調査から中小企業の経営者が、必ずしも利用可能な経営資源を活用するのに必要な経営スキルを持ち合わせていない現状が浮かび上がる。大企業と比べて経営資源の乏しい中小企業にとって、経営者の経営スキルはより重要な要素であろう。また中小企業を支える地域金融機関がリレーションシップバンキングを遂行する上で、中小企業の経営者が企業経営に必要な能力を身につける機会を提供することには、地域経済にとって非常に意義があると推察される。

そこで筆者は取引先に対して「きんしん経営塾」を提供している金沢信用金庫の協力を仰ぎ、経営者教育プログラムの効果を調査・検証した。調査内容は「きんしん経営塾」の受講企業と非受講企業とを、売上、営業利益、および従業員の増加という定量的な成果と、業務プロセスの見直し、財務面、人事面、中長期の取り組みなど定性的な経営努力、という両面から比較するものである。

定性的な経営努力の面については図1のとおり、ほとんどの項目で非受講企業よりも受講企業の方が経営改善に向けた積極的な行動を見せていた。とりわけ明確な受講の効果が認められたのが、「多様な人材の確保」「人事評価制度の見直し」「人材育成の強化」「従業員の賃金等の増加」および「組織風土の改善」から構成される人事面での経営努力である。これらの結果は地域金融機関による経営者教育プログラムの提供が、地域経済の雇用の質の向上に資する可能性を示唆している。また「中期経営計画の策定」について「あてはまる」もしくは「ややあてはまる」を選択した経営者の割合は、非受講企業が11.5%であるのに対し、受講企業が20.9%と2倍近い割合となっている。このことは、経営者教育プログラムの受講が、中長期的な視野で企業のあるべき方向性を示す中小企業経営者の育成に一定の効果があったことを示している。さらに「販路の開拓」および「新規事業の立ち上げ」への積極性についても、受講企業が非受講企業を上回る形で有意な差が認められた。この結果は、中小企業の成長促進に一定の効果がみられたことを示している。今回の調査では売上や営業利益の増加、従業員の増加率などの定量的に把握できる受講の効果は認められなかったが、別の調査では中期経営計画を策定している中小企業の方が二期連続の赤字になっている割合が低く、中長期的には受講企業と非受講企業の業績に差が出る可能性がある。

以上の分析結果から、地域金融機関が中小企業経営者向けの経営者教育プログラムを提供することは、地域経済の雇用における量的と質的な改善や、中長期的な視野から持続可能な企業経営に取り組む中小企業経営者の育成、中小企業の成長促進などに資する可能性がある。今回の調査は「きんしん経営塾」のプログラムの効果と、受講企業の経営者自身が持つ企業経営の改善に対する意欲の影響とを明確に区別できていない、などいくつかの重要な課題がある。しかしながら、本稿の調査結果が中小企業経営者の経営スキル向上に対する意欲の喚起や、中小企業経営者に対する経営者教育プログラムの普及、ひいては経営者教育プログラムに関する研究の拡大などにつながれば幸いである。

図1:前事業年度における経営努力の取り組み状況の比較
図1:前事業年度における経営努力の取り組み状況の比較
注1)数値は各質問項目について、「あてはまる」「ややあてはまる」「どちらともいえない」「ややあてはまらない」「あてはまらない」という5段階で評価してもらった。なお図中の数値は「あてはまる」もしくは「ややあてはまる」と回答した企業の割合である。
注2)受講企業は2014年度もしくは2015年度に「きんしん経営塾」を受講した64社であり、非受講企業は金沢信用金庫の取引先で景気動向調査に協力している204社である。