ノンテクニカルサマリー

自然科学を専攻した教員が中学生の理科の学力に与える影響について-日本の国際学力調査データを用いた分析-

執筆者 井上 敦 (政策研究大学院大学)/田中 隆一 (東京大学)
研究プロジェクト 日本の労働市場の転換―全員参加型の労働市場を目指して―
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

人的資本プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「日本の労働市場の転換―全員参加型の労働市場を目指して―」プロジェクト

問題意識と目的

科学技術イノベーションによる生産性の向上や競争力強化に大きな期待が寄せられるなか、政府は科学技術イノベーション活動を担う人材の育成・確保を重要な政策課題として位置づけている。日本の児童生徒の理科に対する興味・関心度や主観的な内容理解度は小学生から中学生に移行する段階で大きく低下する傾向があり、義務教育段階では児童生徒の科学技術や理科などに対する関心・素養を高めることが重要な政策課題の1つとして認識されている。 学校教育の教育成果は学校教育の中心の担い手である教員の質に左右されるところが大きいが、教員の質を向上させる上でどのような教員の属性に着目するべきかについて十分なコンセンサスは得られていない。そのため、効果的な教員養成・採用・研修を実施する上で教員の質に関する実証研究の充実が求められている。 理科教育における教員の専門性は、生徒の理科の学業成績に影響を与えるのか。本研究の目的は、教員の基本属性のうち、大学において自然科学を専攻していたかどうかに着目し、教員の自然科学専攻の有無と生徒の理科の学力との統計的関係を明らかにすることである。

日本の公立中学校における教員配置の特徴

教員属性が生徒の学力に与える効果を推定する上では、教員と生徒のマッチングが無作為に行われていることが理想的である。もし能力の高い生徒が自然科学を専攻していた理科教員を選ぶことができるのであれば、教員と生徒のマッチングにセレクションの問題が発生し、自然科学を専攻した教員の生徒の学力が高いとしても、それは教員の属性の効果なのか、生徒の能力の効果なのかの識別が困難となる。日本の公立中学校では、教員の学校配置転換が定期的に行われるため、このような生徒と教員のマッチングにおけるセレクションの影響が私立・国立中学や欧米の諸外国に比べて比較的弱いと考えられる。また、学校内においても生徒が自らの理科の教員を選ぶことは一般的にできない。そのため、日本の公立学校のデータを用いた回帰分析は、生徒と教員のマッチングにおけるセレクションの影響が弱く、教員の属性の効果を調べる上で有益であると考えられる。

教員の属性が学業成績へ与える影響

国際数学・理科教育調査(TIMSS)の個票データを用いて推定した結果、教員が自然科学を専攻していた場合は、そうでない場合に比べて中学2年生の理科のテストスコアが統計的に有意に高いことが確認された(表の自然科学専攻参照)。また、理科の習熟度によって教員属性の効果が異なるかを調べるため、分位点回帰を行った結果、これらの関係は相対的に学力の低い生徒において強く見られることが確認された。さらに、その他の教員属性のうち、教歴は理科のテストスコアと統計的に有意な関係があることも確認された。より具体的には、教歴17年までは正の関係が強まるが、それ以降は正の関係が弱まることがわかった(表の教職年数の一次項および二次項参照)。

被説明変数:science plausible values N=12,407
教員属性
自然科学専攻 5.275
(2.885)
*
修士号の保有 -3.409
(3.492)
女性教員 2.218
(2.532)
教職年数
一次項 2.218
(2.532)
**
二次項 -0.025
(0.009)
***
生徒に対する試験の頻度
 (reference:1週間に1回程度)
2週間に1回程度 -9.411
(5.994)
1ヵ月に1回程度 -7.543
(4.877)
1年に数回 -6.708
(4.676)
注1) 括弧内は学級内で誤差項の相関を許すようにクラスタリングを考慮した標準誤差。
注2) 共変量として、表1-1、1-2、1-3の教員属性変数、学校属性変数、生徒・家庭属性変数を投入。
注3) 年度固定効果を制御。
注4) 欠損値ダミー(学校、教員、生徒の3種類)を投入。
注5) *p<0.10, ** p<0.05, *** p<0.01

国際数学・理科教育調査(TIMSS)の個票データを用いて推定した結果、教員が自然科学を専攻していた場合は、そうでない場合に比べて中学2年生の理科のテストスコアが統計的に有意に高いことが確認された(表の自然科学専攻参照)。また、理科の習熟度によって教員属性の効果が異なるかを調べるため、分位点回帰を行った結果、これらの関係は相対的に学力の低い生徒において強く見られることが確認された。さらに、その他の教員属性のうち、教歴は理科のテストスコアと統計的に有意な関係があることも確認された。より具体的には、教歴17年までは正の関係が強まるが、それ以降は正の関係が弱まることがわかった(表の教職年数の一次項および二次項参照)。