ノンテクニカルサマリー

国外所得免除方式への移行が海外現地法人の企業活動に与えた影響

執筆者 長谷川 誠 (政策研究大学院大学)/清田 耕造 (リサーチアソシエイト)
研究プロジェクト 企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業・企業生産性向上プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業成長のエンジンに関するミクロ実証分析」プロジェクト

多国籍企業が国外で稼得した利益に対する本国での課税方式は、海外子会社の設立や海外合併・買収などの海外直接投資、所得移転、本国への利益還流、本社機能の海外移転など広範な企業活動に影響を与えることが知られている。2008年度までの日本の国際課税制度は、日本の親会社が海外子会社から配当・利子・使用料などの形で海外利益を国内に引き戻した時点で、日本の法人税を課していた。ただし二重課税を避けるため、国外で支払った法人税や源泉徴収税などの外国税額分は国内の税額から控除することを認めていた。このような国際的二重課税の調整方式は外国税額控除方式と呼ばれている。それに対して、親会社が海外子会社から受け取る配当などの海外所得を非課税にすることで二重課税を調整する方法は国外所得免除方式と呼ばれ、多くの先進国で採用されている。

外国税額控除方式の下では、海外子会社の利益を日本に戻さない限り日本の法人税は課されない。そのため、日本の国際的に高い法人税率を避けるため、日本企業は海外で得た利益を日本に還流させずに、海外子会社の内部留保や再投資に回す傾向があることが指摘されていた。このような利益還流に際しての税制の障害を除き、海外子会社からの利益還流を促進するため、2009年度税制改正において外国子会社配当益金不算入制度が導入された。この制度の下で、2009年4月1日以降に開始する決算年において親会社が海外子会社から受け取る配当のうち、95%の額は益金不算入(非課税)となった。そして新制度導入とともに、海外子会社からの配当に係る外国税額控除制度は廃止された。この税制改正の結果、日本の法人所得に関する国際課税制度は外国税額控除方式から国外所得免除方式へと移行した。

国外所得免除方式の下では、海外利益は親会社の居住国では課税されず、法人税や配当への源泉徴収税など投資先国の税率によって税負担が決まる。そのため海外所得への税負担を軽減するという観点からは、多国籍企業は低税率国で投資を活発化させて利益を上げることが有利になる。あるいは、関連企業間での取引(移転価格)や貸し付けを利用して、低税率国の子会社に所得を移すことで企業グループ全体での納税額を減らす誘因が強くなると考えられる。実際に、外国子会社配当益金不算入制度の導入に際して、日本企業の海外移転(および産業空洞化)や租税回避に拍車がかかることが懸念されていた。

そこで本稿では、2009年の外国子会社配当益金不算入制度の導入(国外所得免除方式への移行)が多国籍企業の海外現地法人の企業活動に与えた影響を分析した。分析には2002年から2013年にかけての『海外事業活動基本調査』と『企業活動基本調査』の個票を用いた。分析のために、各年の各親会社の投資先国の現地法人の財務情報を集計し、親会社-投資先国レベルのパネルデータを作成した。このデータには親会社の投資先国での現地法人数、親会社の現地法人の売上高、設備投資額、従業者数、給与総額、税引き前利益、純利益などの財務情報、および親会社の総資産、純利益、負債などの情報が含まれている。

次に税制改正の効果を捉えるために、各国での税制改正による配当送金に係る税率(還流税率と呼ばれる)の変化率を計算した。2008年度までの外国税額控除方式の下では、海外子会社から日本の親会社に配当を送金すると、日本と投資先国の法人税率の差の分が還流税率として海外所得に課税されていた。そのため、投資先国の法人税率が低いほど、還流税率は高かった。一方、2009年以後の外国子会社配当益金不算入制度の下では、海外子会社配当に対しては日本の法人税はほぼ(95%)免税されるため、投資先国の法人税率が低いほど還流税が低下する。しかし、配当送金時に投資先国が課す源泉徴収税に対しては、以前のように外国税額控除は請求できなくなる。したがって、税制改正後は配当源泉税は親会社にとっての追加的な配当送金コストになる。まとめると、投資先国の法人税率および源泉税率が低いほど、税制改正による還流税の減税率も大きくなるのである。

筆者らは各国の法定法人税率および配当源泉税率の情報をもとに、税制改正による各国での還流税率の低下率を計算した。データの各個体(親会社-投資先国ペア)が直面する還流税率の低下率(TSと表記する)の基本統計量は下記表にまとめられている。TSの2009-2013年の平均値は0.067であり、このことは国外所得免除方式への移行によって、以前の外国税額控除方式と比較して還流税率が平均で6.7パーセントポイント低下したことを意味している。一方5パーセンタイルの値は-0.03であり、これは税制改正によって還流税率が3パーセントポイント上昇したことを意味している。この表から、税制改正による還流税率の低下度合は現地法人の立地国によって大きく異なり、還流税率の上昇に直面する現地法人もあることが分かる。

実証分析では、この還流税率の低下率(TS)に応じて、多国籍企業が投資先国の現地法人数を増やし、現地法人の利益、売上高、設備投資、従業者数、給与総額を増加させたかどうか回帰分析による検証を行った。分析の結果、税制改正以前から立地国の法定法人税率は現地法人数に負の影響を与えていることが示された。しかし、税制改正による配当還流税率の低下に反応して、投資先国での現地法人数、報告利益、雇用、設備投資が増加したという影響は確認できなかった。これらの結果は、制度導入時に懸念されていたような日本企業の海外流出や租税回避の活発化の影響が強くなかったことを示唆していると解釈できる。ただし、そのような影響を本稿の分析では完全には捉えることができていない可能性も残る。たとえば、本稿の分析では2013年度までのデータを用いたが、税制改正後5年間の反応しか見ることができていない。税制改正に反応して子会社を設立するにはより長い時間を要することも考えられ、長期的な効果を見ることも重要であろう。また、所得移転行動の分析手法にも拡張の余地があるため、更なる検証を重ねることが今後の研究課題となる。

表:税制改正による還流税率の低下率(TSct)の基本統計量
年度 平均値 標準偏差 P5 P25 中央値 P75 P95 観測数
2009 0.069 0.081 -0.046 0.01 0.067 0.11 0.22 10265
2010 0.075 0.077 -0.0074 0.023 0.067 0.11 0.22 10548
2011 0.077 0.077 -0.0071 0.023 0.067 0.11 0.22 11032
2012 0.057 0.075 -0.034 0.028 0.041 0.086 0.2 12046
2013 0.061 0.076 -0.034 0.028 0.041 0.094 0.2 12789
2009-2013 0.067 0.078 -0.034 0.023 0.058 0.11 0.22 56680