ノンテクニカルサマリー

企業間の共同研究ネットワークはイノベーションの質的パフォーマンスを向上させるか?-世界の大規模データによる国際比較-

執筆者 飯野 隆史 (新潟大学)/井上 寛康 (兵庫県立大学)/齊藤 有希子 (上席研究員)/戸堂 康之 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業の国際・国内ネットワークに関する研究
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

貿易投資プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業の国際・国内ネットワークに関する研究」プロジェクト

異なる知識の結合は大きなイノベーションを引き起こす重要な要素であり、共同研究によって促される知識・技術の伝播は、企業のイノベーション創出に大きな影響を与えうると考えられる。本研究は、特に企業間の共同研究に焦点を当て、それが促す知識伝播を通して企業の知識生産の成果に与える効果を実証的に検証するものである。

1991年〜2010年の世界の企業の特許情報を用いて、企業の知識生産活動の傾向を国際比較し、また全世界規模の共同出願ネットワークを把握することで、各企業のネットワーク構造とイノベーションの成果である特許の質(被引用数)との関係を分析した。

各国の知識生産活動の傾向

特許数については、1991年時点では日本の特許数はアメリカの2倍近くあり、2000年にかけて両者の差が縮まってきているが、依然として日本の特許数は多い。しかし、特許の質については、アメリカ企業の特許が全分析期間で継続して質の高い特許を出している。また、日本企業とアメリカ企業の知識生産活動の違いとして、日本は大企業が多くの特許を出し、アメリカは小さな企業が多くの特許を出す傾向を持つという違いがある。2000年を過ぎた頃には、中国の特許が増え始め、2008年以降、日本、アメリカに次いで特許数が多くなったが、特許の質は依然として非常に低い。

共同研究傾向は、日本とフランスの共同研究特許の比率が高いが、共同研究特許のうち国際共同研究特許の比率が日本では非常に低い。一方で、日本の知識生産活動をする企業の規模が大きく、規模の大きな企業ほど共同研究や国際共同研究のネットワークに参加することが可能であるため、日本の多くの企業がネットワークに参加している。国により、知識生産活動の体制が異なっていることが確認された。

共同研究ネットワークと特許の質の国際比較

企業間ネットワークは特許の質とどのような関係があるのだろうか。ネットワーク科学では、自分のまわりとの関係だけでなく、ネットワーク全体構造が大きな影響を持ちうることが確認されている。ネットワーク科学で発展した指標を用いて分析することが本研究の特徴である。ネットワーク指標では、各企業のネットワーク上での重要度(中心性)を複数の観点からとらえることが出来る。以下の4つの異なる観点から中心性を指標化し、イノベーションの質の高さとの関係について分析を行った。

(1)どれだけ多くの企業と共同研究を行っているのか(次数中心性)
(2)どれだけ中心的な存在の相手と共同研究を行っているか(固有値中心性)
(3)自分と共同研究を行う相手同士がどれだけ密につながっているか(クラスター係数)
(4)どれだけグループ間の橋渡し的な役割を担っているか(バートの制約指標)

回帰分析結果(下表)より、共同研究をしている企業ほど特許の質が高いが、国際共同研究をする企業ほど特許の質が高い傾向はアメリカ企業のみ観測されなかった。アメリカ企業の特許は他国と比較して質が高い傾向があり、わざわざ外国から知識を得ずとも高いイノベーションを起こすことができると考えられる。

一方、アメリカ企業はすべての中心性指標が有意に正である。他国では、グループ内で密につながっていることによって、特許の質を向上させていることはなく、多くの企業とつながっていること、中心的な企業とつながっていること、グループ間を橋渡しするような多様なつながりを構築していることが重要である。アメリカ企業が密なつながりからも恩恵を受けているのと対照的である。また、中国企業は日本と同様、密なつながりからの効果はないが、他の全ての中心性指標との関係が強く、共同研究ネットワークから大きなメリットを受けていると考えられる。

日本企業が共同研究を通じた知識伝播によってイノベーションの質的パフォーマンスを向上させるためには、国内の似通った企業同士の密なつながりよりも、国内外のつながりの薄い企業間を橋渡しするような、多様性の高いネットワークの構築が重要であることを示唆している。政府は、このようなネットワーク構築支援をすることが、イノベーションの強化につながると考えられる。

表:共同研究ネットワークと特許の質の関係1
全世界 日本 アメリカ ドイツ 韓国 フランス 中国
共同研究有無 0.354 0.171 0.187 0.181 0.153 0.157 0.624
国際共同研究有無 0.285 0.411 0.318 0.284 0.476 0.672
次数中心性 0.274 0.232 0.222 0.240 0.185 0.203 0.386
固有値中心性 3.663 2.469 24.782 42.789 14.703 42.720 134.524
クラスター係数 0.127 0.086
バートの制約指標2 -0.473 -0.307 -0.326 -0.512 -0.296 -0.315 -0.615
注1)共同研究有無と国際共同研究有無は、共同研究ネットワークに参加していない企業も含めた上で、共同研究をしている企業や国際共同研究している企業の特許の質が高いかを示している。
注2)中心性指標については、共同研究ネットワークに参加している企業のみに対し、中心性が高い企業ほど特許の質が高いかを示している。
注3)全世界の回帰分析係数の1.3倍以上を、0.7倍以上1.3以下を、0.7倍以下をとしている。色が濃いほど関係が強いこと示しており、□は非有意な関係であることを示している。
1 分析期間で特許数の多い国は、上位から順に、日本、アメリカ、ドイツ、韓国、フランス、中国であり、これら6カ国で全特許の約8割を占める。本研究では、これら主要な6カ国について国際比較を行った。
2 バートの制約指標の値が小さいほど中心性が高いことを示しており、回帰分析の係数がマイナスであることは、中心性が高いほど特許の質が有意に高いことを意味する。