執筆者 | 植杉 威一郎 (ファカルティフェロー)/中島 賢太郎 (一橋大学)/細野 薫 (学習院大学) |
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研究プロジェクト | 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会 |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト
本論文では、日本の上場企業などに対する減損会計の導入が、企業行動、特に設備投資や土地の購入・売却行動に及ぼした影響を分析する。
減損会計とは、収益性が低下するなどして企業が保有する資産価値が減少した場合に、当該資産の貸借対照表上の価額を減らすとともに、減損分を利益額から差し引く取扱いである。日本では、固定資産に係る減損会計基準が2005年4月に始まる事業年度から強制適用された。その影響については、当時からさまざまな議論が存在していた。日本ではバブル崩壊後で不動産価格が大幅に下落していたこともあり、減損会計により企業利益が大きく減少する可能性、担保価値の毀損が明らかになり企業の資金調達が困難になる可能性など、負の側面が強調されることも多かった。
これに対して、減損会計の導入には正の効果も存在しうる。米国や欧州のデータを用いた研究では、保守的な会計手法を採る企業では過剰投資(overinvestment)や過少投資(underinvestment)が抑制されるとの結果を得ており(Garcia Lara et al. 2016; Francis and Martin 2010; Bushman et al. 2011)、保守的な会計手法の1つである減損会計の導入は、企業財務の透明性向上などを通じて資金調達環境の改善をもたらす可能性がある。さらに、これら新たな会計制度の導入が何らか実体面での影響をもたらすという考え方に対して、そもそも財務に係る情報が既に十分開示されていて非対称情報の程度が小さい企業では、減損会計が適用されても正負いずれの効果ももたらさないのではないかという見方もあり得る。
今回は、これら3つの可能性を検証するために、大規模かつ企業にとっては外生的な会計上の制度変更である減損会計の導入に注目する。表にみられるように、減損計上を行った企業数は、強制適用となった2005年度に急激に増加している。
本論文における上場企業を対象とする推計結果をみる限りでは、減損計上の有無は、設備投資や土地購入の水準に有意な影響を及ぼさないのみならず、担保価値の増減が設備投資に影響する経路にも有意な影響を及ぼさない。非上場企業における分析、減損の対象となる資産種類を分けた分析などさまざまな頑健性に関する検証を今後行う必要があるが、現時点では、減損会計基準の導入は、設備投資や土地購入などに有意な影響を及ぼしているとはいえない。この結果を踏まえると、仮に将来不動産価格が大幅に下落して企業が保有する固定資産の大規模な減損計上を余儀なくされても、減損計上自体は企業に大きな負の影響をもたらさないことを示唆する。
その一方で、財務に比較的余裕があり法人所得を減らしたい動機を有する企業が、減損計上年度において同時に土地を売却する傾向が観察される。こうした企業行動は、固定資産の減損計上により会計上の利益が減少しても、固定資産を売却しない限り税務上はそれが損金に算入されないという、会計上と税務上における利益定義の違いに起因するものと考えられる。現在得られている推計結果の頑健性を今後丁寧に検証することが必要だが、現時点の実証分析の結果は、会計制度が企業行動に及ぼす影響を考える際には、税務など他の制度的な要因を丁寧に考慮することの重要性を示している。
本論文のタイトルである「減損会計は企業投資行動に影響を及ぼすか」という問いに対する回答は、「設備や土地への投資行動には統計的に有意な影響はみられない一方で、土地売却を増やした可能性がある。その結果の頑健性や結果が生じる理由については、今後の研究課題である」というものである。
減損計上企業数 | 減損計上企業数(有形固定資産) | 減損計上企業数(無形固定資産のみ) | ||||
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年度 | 計上なし | 計上あり | 計上なし | 計上あり | 計上なし | 計上あり |
2000 | 3,279 | 3,279 | 3,279 | |||
2001 | 3,211 | 3,211 | 3,211 | |||
2002 | 3,217 | 3,217 | 3,217 | |||
2003 | 2,765 | 168 | 2,765 | 168 | 2,933 | |
2004 | 2,549 | 432 | 2,549 | 432 | 2,981 | |
2005 | 1,644 | 1,320 | 1,648 | 1,316 | 2,960 | 4 |
2006 | 2,019 | 936 | 2,025 | 930 | 2,949 | 6 |
2007 | 1,909 | 1,013 | 2,001 | 921 | 2,830 | 92 |
2008 | 1,717 | 1,159 | 1,853 | 1,023 | 2,732 | 144 |
2009 | 1,588 | 1,265 | 1,672 | 1,181 | 2,757 | 96 |
2010 | 1,665 | 1,178 | 1,753 | 1,090 | 2,751 | 92 |
2011 | 1,601 | 1,219 | 1,653 | 1,167 | 2,752 | 68 |
2012 | 1,610 | 1,268 | 1,700 | 1,178 | 2,784 | 94 |
2013 | 1,655 | 1,212 | 1,738 | 1,129 | 2,780 | 87 |
2014 | 1,756 | 1,126 | 1,862 | 1,020 | 2,776 | 106 |
上場企業が対象、四半期ベース。 減損計上した年度の全ての四半期で計上ありとしている。 |
- 参考文献
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- Bushman, R.M., J.D. Piotroski, and A.J. Smith (2011) "Capital allocation and timely accounting recognition of economic losses," Journal of Business Finance and Accounting, 38(1), 1-33.
- Francis, J.R. and X. Martin (2010) "Acquisition profitability and timely loss recognition," Journal of Accounting and Economics, 49, 161-178.
- Garcia Lara, J.M., B. Garcia Osma, and F. Penalva (2016) "Accounting conservatism and firm investment efficiency," Journal of Accounting and Economics, 61, 221-238.