執筆者 | 孟 健軍 (客員研究員) |
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。
その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)
中国では、数千年の歴史にわたって中央と地方の関係が常に政治、経済の中核に位置付けられていると言っても過言ではない。弱い中央と強い地方の場合には、諸侯分割の状況になる一方、強い中央と弱い地方の場合には、地方の発展を妨げる。この点は、中央と地方との財政関係のなかでもっとも顕著である。新中国建国以来、中央と地方との財政関係を巡って財政制度が何度も改正されてきた。1994年に分税制-財政収入・徴税責任などに係る中央政府と地方政府の分担を明確化する新たな仕組み-の財政制度が導入されたことは、改革開放以来の中国経済構造転換にとって画期的な制度設計の1つとなっている。
しかし、分税制改革は、中国経済の安定成長および中央財政の税収確保に寄与してきたものの、地方の末端政府には行政責任だけが移り税収が極端に不足するという構造的な問題を招いた。また、経済高度成長と国内外の経済状況の変化を背景に、中央政府の集権的な考えや制度の不備などによって分税制は適切な資源配分と所得分配の改善という機能をもはや十分に発揮できなくなってきた。さらに、地方政府が財政確保のために「土地財政」に依存する問題や、税収不足による地方債の問題などが露呈されている。このような状況下、中央政府の財政収支赤字の拡大と政府債務の増大も加わり、中央と地方との財政関係を考える上で分税制は、財政制度の新しい改革を迫られている。
これに対して長年の論争を経て、2013年11月に中国政府は分税制の弊害に対する財政制度改革の方向性を提示し、それを具体化した「財政・税制体制改革深化総合方案」をはじめ、制度化の動きも確実に進んできている。2016年5月1日、「営改増」という営業税(法人事業税)を増値税(VAT:付加価値税)に切り替える税制改正の全国規模での実施によって財政制度改革は現実味を帯びた。また、2016年8月に国務院は、中央と地方の新しい財政関係を規定する全国レベルの財政政策を正式に発表した。この一連の税制改正を中心にした新しい財政制度改革は、中国で財政の権限と行政の権限を統一する初めての制度設計の試みでもある。
このような経緯を踏まえ、本稿の目的は、財政制度改革や中央と地方の関係の再構築の政策意図を探ることによって、中央政府の財政制度改革の背景と要因を検討し、地方財政の健全化に向かって地方政府のガバナンスを強化する新しい財政制度構築について考察することである。まず、中国における初期の財政制度と分税制の導入の経緯について議論した。これには、計画経済の財政体制から市場経済化された財政制度への移行の試み、分税制導入の背景と中央と地方の思惑、分税制の確立と効果の評価および分税制下の中央と地方の関係の特徴という内容が含まれる。表1に示されたように、分税制が導入された前後の中央と地方の財政純収入は、1994年から劇的な変化を遂げた。次に、地方の行政権限の拡大や地方の財源確保などの行動様式を分析した。これには、財政収入と財政支出、地方政府の財政難と行動様式、地方への財政移転支出制度の特徴、および地方政府の土地財政への依存と地方債の危機についての論述が含まれる。さらに、財政制度は根幹から見直せるか、そして中央と地方の関係はどういう方向に向かうかについての最新の一連の政策変化および制度改革に関する議論を展開した。これには、中央と地方の論争と改革の方向性、増値税の全面的実施を中心にした地方税体制の再構築、権限と支出責任が対応した財政制度の構築、および政府の行政改革と地方のガバナンスの変革が含まれる。最後に、中央と地方の関係に影響する財政制度改革の周期性の特徴を明示しながら、今後の課題を探った。
その結果、以下のことがわかった。第1に、中国における財政制度改革には、幾つかの制度学上の構造とメカニズムの特徴がみられることがわかった。第2に、中国における財政制度はつねに中央と地方との財政権限を巡る利権関係の「綱引き」の中で、一種の緊張関係の下に微妙なバランスを保ってきていることがわかった。財政移転支出制度等の変更などはその典型であろう。第3に、財政制度の改革は、つねに地方政府の行動様式に間接的影響を与えており、地方政府は自らの経済開発のために主体となって開発競争や財源確保などの行動を行い、それに対して責任を取らないままに中央政府の硬直的な財政制度に挑戦し続けていることがわかった。第4に、以上3点の結果を踏まえて、中国における財政制度の改革には周期的な変化がみられることがわかった。つまり、財政制度の「集権と分権」の周期性と中央政策の改革との間に内在的な関連性が高いことが認識された。それ故2014年からの改革は、中央と地方の権限と支出責任の統一の下に、新しい分権財政制度が実施されると期待される。しかし、これには長い時間を要するため、財政制度の改革については、経済の市場化に従って実用レベルでの制度整備や地方政府の責任と健全さを保つ行動などを促すというのが中央政府の当面の姿勢である。
年度 | 財政純収入 | 中央財政の分 | 地方財政の分 |
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1979 | -135.4 | -423.7 | 288.3 |
1984 | -58.2 | -227.9 | 169.7 |
1989 | -158.9 | -66.3 | -92.6 |
1993 | -293.4 | -354.6 | 61.2 |
1994 | -574.5 | 1152.1 | -1726.6 |
1999 | -1743.6 | 1696.9 | -3440.5 |
2004 | -2090.4 | 6609.0 | -8699.4 |
2009 | -7781.6 | 20659.9 | -28441.6 |
2010 | -6772.6 | 26498.7 | -33271.4 |
2011 | -5373.4 | 34813.2 | -40186.6 |
2012 | -8699.4 | 37410.6 | -46110.1 |
2013 | -11002.5 | 39726.7 | -50729.2 |
2014 | -11415.5 | 41923.4 | -53338.9 |
2015 | -23608.5 | 43725.0 | -67333.6 |
2016 | -28289.0 | 44953.0 | -73242.0 |