ノンテクニカルサマリー

金融機関等による経営支援のあり方と企業の業況改善―金融円滑化法終了後における金融実態調査に基づいて―

執筆者 家森 信善 (ファカルティフェロー)
研究プロジェクト 企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム (第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

2009年施行の中小企業金融円滑化法により、民間金融機関は、非常に柔軟に貸出条件の変更に対応するようになったが、安易に条件変更に応じた結果、民間金融機関は、企業の事業再生の支援に本気で取り組んでいないといった批判や、企業側も目先の資金繰りがつくことに安心して改革に真剣に取り組んでいないという懸念が高まってきた。そこで、金融庁は、金融機関の積極的な企業支援を促す方向性を打ち出しており、また、中小企業庁が進めている信用保証制度の見直しにおいても、金融機関の経営支援を如何に引き出すかが鍵となっている。

 

ここで問題になるのは、金融機関の支援が本当に企業の価値向上につながるのか、また、どのような企業への支援の取り組みが企業の価値向上につながるのかといった点について、実証的に検証している研究が少ないことである。そこで、本稿では、「金融円滑化法終了後における金融実態調査」(RIETI 2014年実施)に基づいて、(条件変更後の)当該企業の業況変化の違いが、経営改善計画の策定状況、金融機関の経営支援姿勢、企業自身のイノベーションへの取組内容などの違いとどのような関係を持っているのかを分析し、業況の改善につながる経営支援のあり方を検討した。

 

「金融円滑化法終了後における金融実態調査」は2014年10月に実施され、6002社からの回答を得た大規模な調査であり、特に、サンプルの集め方から金融円滑法施行以降に条件変更を認められた企業1561社を含んでいる点に特徴がある。この条件変更企業の約6割が条件変更後に業況が改善しており、条件変更を含めた金融機関の経営支援に一定の効果があったようである。ただし、改善していない企業が4割いるわけでもあり、こうした業況の変化の違いをさまざまな観点から検討した。

 

ここでは、得られた結果のうち、特に3つの点、すなわち、財務情報の積極的な活用、有効な経営改善計画の策定と適宜の見直し、金融機関による手厚い支援の重要性を強調しておきたい。

 

第1に、条件変更を受けざるを得なかった窮状企業の回復度合いを、財務諸表の活用の観点で分析した結果が表1である。たとえば、「改善」企業では60%以上が「経営計画の立案」に財務諸表を活用しているが、「悪化」企業での活用率は50%程度にとどまっているように、全般的に、経営が改善した企業では会計情報を積極的に活用していることが明らかになった。中小企業庁や商工団体が中小企業における会計情報の利用を促すための諸施策を展開しているが、そうした政策の重要性を示唆する結果であるといえる。

表1 財務諸表の活用方法の特徴
条件変更企業 条件変更不要企業
改善 やや改善 変わらず やや悪化 悪化 合計
1. 月次レベルでのキャッシュフローの把握 74.6% 66.8% 55.8% 62.5% 57.1% 64.5% 52.4%
2. 製品・サービスの原価把握 34.8% 34.0% 24.4% 33.9% 31.9% 31.7% 28.2%
3. 事業部門の部門損益の把握 49.2% 43.6% 35.4% 47.0% 41.8% 42.9% 42.8%
4. 自社の経営状態の把握 93.0% 91.7% 88.7% 89.9% 90.1% 90.9% 91.6%
5. 経営計画の立案 63.3% 54.1% 43.6% 51.2% 51.6% 52.7% 44.6%
企業数 256 629 353 168 91 1497 3717

第2に、複数回の条件変更(「再リスケ」と呼ぶ)を受けた企業に対して、再リスケを受けることになった理由を尋ねたところ、130社が「当初の計画に無理があった」と回答している。ところが、再リスケの際に、無理のあった当初の計画を「大幅に見直した」のは46.9%にとどまっており、逆に言えば、半分以上の企業では、当初の計画に無理があったにもかかわらず、経営改善計画を見直さないまま再リスケが実施されているのである。これは、金融庁や中小企業庁が危惧しているように、金融機関が企業に対して本気で支援をしていない場合が多いことを示唆しているといえる。

 

また、業況が改善した企業でも15社は「当初の計画に無理があった」ために再リスケに追い込まれた経験を持っているが、その15社の内、14社(93.3%)は再リスケの際に当初の計画を「大幅に見直した」と回答している(表2参照)。対照的に、業況が悪化した企業では、再リスケの際に当初の計画を「大幅に見直した」のは35.3%にとどまっている。つまり、有効な計画がある企業の方が業況が改善しているのであり、有効な経営改善計画の策定が重要であることが示唆されている。

表2 「当初計画に無理があった」ために再リスケになった企業の再リスケ時の経営改善計画の見直し状況(業況別)
改善 やや改善 変わらず やや悪化 悪化
3. 大幅に見直した 93.3% 40.0% 30.4% 66.7% 35.3%
「当初計画に無理があった」ために再リスケになった企業 15 60 23 15 17

第3に、経営改善計画の履行状況を金融機関にどの程度頻繁に報告しているかを見ると、「改善」企業では50%を超える企業が1カ月に1回以上報告しているが、悪化企業でそうしているのは35%程度にとどまっている。本来、経営状況の不調な企業ほど金融機関からのタイムリーな支援が必要であり、そのためには、金融機関は日頃から綿密にモニターを行い、状況の悪化の端緒を迅速に把握することが求められている。しかしながら、そうしたことが十分にできていない状況がうかがわれる。逆に言えば、金融機関が本気で支援に取り組めば、(現在は業況が低迷ないし悪化している企業の中にも)業況が改善できる先が残っていることを示唆しているとも考えられる。

このように、本稿の結果は、現在、金融庁、中小企業庁、商工団体などが進めている政策である(1)会計情報利用促進のための諸施策、(2)より有効な経営改善計画策定を促進するための諸施策、(3)金融機関の積極的な企業支援を促すための諸施策の重要性を示唆していると解することができる。