ノンテクニカルサマリー

日本の中小企業部門の効率性について-ゾンビ企業仮説と企業規模の視点から

執筆者 後藤 康雄 (リサーチアソシエイト)/スコット・ウィルバー (南カリフォルニア大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

「ゾンビ企業」という言葉がある。大まかには“借金苦の非効率な企業”のことである。1990年代後半から世界的に広まってきたが、そもそもはわが国に関する問題意識から始まったものである。ゾンビ企業が日本経済の成長を阻害してきた――わが国の「失われた20年」の序盤にあたる頃から、そうした「ゾンビ企業仮説」が提唱されるようになった。

バブル崩壊後の90年代半ば頃、すでに多額の不良債権を抱えていた銀行部門では、建設、不動産などバブル関連業種向けを中心に不良債権が一段と増える流れにあった。これらを普通に処理すると銀行の財務内容が悪化して、銀行自身の経営に大きな打撃を受ける。そのため、不良債権処理を先送りするべく、銀行は、再建の見込みがない企業を“追い貸し”などにより延命させているのではないか、との疑いが持たれるようになった。銀行界と一部の産業界が一体となった問題先送りが、金融仲介機能を歪め、経済全体の効率性を妨げてきたのではないか、というのが「ゾンビ企業仮説」であった。

ゾンビ企業をめぐるかつての議論は、銀行が“返り血”を浴びかねないほどの貸出先ということで、暗黙裡に大企業が想定されていた。しかし、近年、ゾンビ企業をめぐって新たな問題意識が浮上している。多額の公的資金注入によって、大企業のゾンビ向けの問題債権は大方処理されたのに対して、さまざまな金融支援策が続いてきた中小企業のゾンビ比率が高くなっているのではないか、そしてそれが産業の新陳代謝を阻害し、日本経済の成長の妨げになっているのではないか、という懸念である。

今回の筆者らの分析によれば、近年、確かに大企業よりも中小企業におけるゾンビ企業比率のほうが高い傾向にある。ゾンビ企業を識別するいくつかの方式が提唱されているが、いずれのやり方で計測しても中小企業のほうが高くなる(図表1)。計測に用いたのは「企業活動基本調査」(経済産業省)だが、これに小規模企業は含まれないため、それらも含めればもっと高い値になるだろう。

大企業に比べ生産性が低いと長年指摘されてきた中小部門だが、生産性を下げている要因の1つがゾンビ企業なら、素朴に思いつく対応策は中小ゾンビ企業の解消である。しかし、問題はそう簡単ではない。ミクロ、マクロの両視点から対応は慎重に考えなければならない。

ミクロ的なポイントは、個別のゾンビ企業を識別する難しさである。筆者らの計測は、膨大な数の企業群に一定の基準を当てはめて統計的な傾向を捉えたものである。それはそれで1つの真実を反映していると考えているが、個別企業の立場からいえば、ゾンビと判定されるか否かは死活問題となり得る。いったんゾンビに識別された企業が、その後健全な企業に復活する可能性も十分ある。異なるゾンビ判定方式、異なる推計期間に基づき、「前期にゾンビだった企業が今期もゾンビである確率」を推計するといずれもマイナスの符号となった。すなわち前期にゾンビだと今期にゾンビとなる確率は低下する、という結果を得た(図表2)。大企業なら、詳しい財務情報を開示しているためゾンビと判定された後でも詳しい検討もできるが、中小企業だと、いったんゾンビと判定されるとそれで判断が固まりかねない。

マクロ的にも問題がある。大企業のゾンビ向け貸出債権の処理は、債権放棄などによる会計上の対応が主となる。経営陣の責任や社員のリストラなどを伴いつつも、企業の実体は維持して再スタートを切る。しかし、中小企業では、貸出債権の処理とはほとんどの場合、企業の消滅を意味する。これは少なくとも短期的には経済成長率を押し下げる方向に働く。

ゾンビ企業の議論は我々にさまざまな視点を提供してくれるが、すでに生まれているゾンビ企業、とりわけ中小ゾンビ企業に対して現実に出来ることは限られている。過去の金融支援策の効果を検証し、今後安易な救済によってゾンビ企業を生まないような方策、あるいは中小企業のきめ細かい信用リスク判定ができるようなデータ・手法の整備を進めるといった地道な議論こそが重要だろう。

図表1:中小企業・大企業のゾンビ比率
図表1:中小企業・大企業のゾンビ比率
注1:Imai基準とはImai(2016)、FN基準とはFukuda and Nakamura(2011)、CHK基準とはCaballero, Hoshi and Kashyap(2008)、のそれぞれに基づく識別。
注2:中小企業は資本金1億円未満、大企業は同10億円以上で定義。
図表2:前期のゾンビ状態が今期のゾンビ確率を高める度合い
図表2:前期のゾンビ状態が今期のゾンビ確率を高める度合い
注1:「ある事象がどの程度の確率で生じるか」を推計するロジット回帰に基づくオッズ比ベース。オッズ比とは、ある事象の起こりやすさの高低を表す指標で、プラス値は起こりやすい、マイナス値は起こりにくいことを意味する。今回の推計結果がマイナスとなっているということは、前期にゾンビ状態だと今期にゾンビになりにくくなることを表す。
注2:①、②はImai(2016)、Fukuda and Nakamura(2011)と同様に長短銀行借入を用いた推計。③、④は、より長い期間を把握するために銀行借入の値を債務額で置き換えた推計。
文献
  • Caballero, Ricardo J., Takeo Hoshi, and Anil K. Kashyap. 2008. "Zombie Lending and Depressed Restructuring in Japan." The American Economic Review 98(5): 1943–77.
  • Fukuda, Shinichi, and Junichi Nakamura. 2011. "Why Did 'Zombie' Firms Recover in Japan?" The World Economy 34(7): 1124–37.
  • Imai, Kentaro. 2016. "A Panel Study of Zombie SMEs in Japan: Identification, Borrowing and Investment Behavior." Journal of the Japanese and International Economies 39: 91–107.