ノンテクニカルサマリー

家計所得とOECDの四分類の下でのソーシャルキャピタル

執筆者 要藤 正任 (京都大学)/矢野 誠 (所長,CRO)
ダウンロード/関連リンク

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

1.背景

社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)は、人と人との信頼や互酬性の規範、ネットワークをあらわす概念であり、人がそれぞれに持っているものである。地縁や血縁といった他人との結びつきが日常生活やさまざまな経済活動において重要な役割を果たしていた前近代的な社会においては、社会関係資本を形成しようとするインセンティブがあった。しかし、市場経済を基盤とし、地縁や血縁といったものの重要性が低下していると考えられる現代の経済社会において、どのようなインセンティブが人に社会関係資本を蓄積させようとするのだろうか?

また、社会関係資本は、他人との関わり方に関連するものであることから、人的資本に比べて、その外部性が強調されてきた。しかし、いくら外部性があるものであっても、それを持つ本人に何らかの便益(ベネフィット)がなければ、それを形成しようというインセンティブは生じないはずである。

こうした疑問のもと、社会関係資本の形成が経済的なアウトカムである所得(注1)に対して、どのような影響をもっているのか、また、社会関係資本の形成が所得の増加というインセンティブを持つ場合、その形成のために個人が能動的に対応できるか、具体的に何をすることで社会関係資本を形成することができるかを明らかにしようとするのが本研究の目的である。

2.分析の方法

これまでにも社会関係資本と経済的なアウトカムとの関係の検証を試みた研究は数多い。しかし、ほとんどの研究では、両者の因果関係までは適切に考慮されてこなかった。双方向に因果関係があるにも関わらず、それを考慮せずに推定を行うと、影響の大きさを正しく求めることはできない。このため、本稿では操作変数法と呼ばれる手法を用いた推定を行うことで、この問題に対処している。

また、社会関係資本がもつ多様な側面を考慮するため、本研究では、OECDが提案する)(1)個人的ネットワーク、(2)社会ネットワーク・サポート、(3)市民参加、(4)信頼と協調の規範、という4つの区分に沿って社会関係資本の指標を作成した。これにより、社会関係資本の多様な側面と所得との関係を明らかにしている。

分析に際しては、日本大学稲葉陽二研究室が2010年、2013年に全国を対象として実施した「暮らしの安心・信頼・社会参加に関するアンケート調査」のデータを使用した(注2)。この調査は、社会関係資本に関連した質問を中心に、健康感や日常生活に関する質問項目から構成されており、2010年調査では1599人、2013年調査では3575人の回答が得られている。この調査結果から社会関係資本に関連する13の質問をOECDの区分に沿って分類し、主成分分析の手法を用いて社会関係資本の指標を作成した(注3)。

表1:社会関係資本に関する質問項目の分類と概要
質問項目 概要
個人的ネットワーク 近所づきあいの程度 「互いに相談したり日用品の貸し借りをするなど、生活面で協力しあっている人もいる」という回答を4、「つきあいは全くしていない」を1とする4段階。
近所づきあいの人数 「近所のかなり多くの人と面識・交流がある(概ね20人以上)」という回答を4、と「隣の人が誰かも知らない」を1とする4段階。
友人・知人とのつきあい頻度 「日常的にある」を5、「全くない」を1とする5段階。
親戚とのつきあい頻度 「日常的にある」を5、「全くない」を1とする5段階。
社会的ネットワーク・サポート 近所の人々が頼りになる程度 「大いに頼りになる」を5、「全く頼りにできない」を1とする5段階。
友人・知人が頼りになる程度 「大いに頼りになる」を5、「全く頼りにできない」を1とする5段階。
親戚が頼りになる程度 「大いに頼りになる」を5、「全く頼りにできない」を1とする5段階。
市民参加 地縁活動 「週に4回以上」を7、「活動していない」を1とする7段階。
スポーツ・趣味・娯楽活動 「週に4回以上」を7、「活動していない」を1とする7段階。
ボランティア・NPO・市民活動 「週に4回以上」を7、「活動していない」を1とする7段階。
寄付 「10万円以上」を8、「寄付・募金はしていない」を1とする8段階。
信頼と協調の規範 一般的な信頼 「ほとんどの人は信頼できる」を9、「注意するに越したことはない」を1とする9段階。
旅先での信頼 「ほとんどの人は信頼できる」を9、「注意するに越したことはない」を1とする9段階。

操作変数法では被説明変数と内生性を持つ説明変数に対して、その内生変数とは相関をもち、被説明変数の推定式の誤差項とは相関を持たない変数を操作変数として用いる必要がある。本研究では、社会関係資本の操作変数には親戚が頼りになる程度を、所得の操作変数には日常生活における自分の将来への不安の程度を用いた(注4)。また、親戚が頼りになるかどうかという操作変数については、親戚との関係が何かしらの経済的なメリットにつながっている可能性に配慮するため、血縁的な人間関係が経済活動に影響を与える可能性が低いと考えられる人口規模の多い都市に居住するサンプルに限定した分析も行った。

3.結果と考察

分析の結果、社会関係資本と所得との間には相互に正の影響を与えていることが明らかとなった。それは社会関係資本の4つすべての側面について見出せる。そして、社会関係資本が所得に対して与える影響については、一定規模以上の人口規模の市町村に居住する回答者に限定して分析を行った場合にも確認された(表2)。また、社会関係資本が所得に与える影響は、家計を支えている人ではない人においても見出される。つまり、社会関係資本の効果は、家計における収入確保に主要な役割を果たしている人でなくても家庭全体の所得には正の影響を与えている。このことは、家族内という社会の最小単位の中においても社会関係資本が外部性を発揮している可能性を示している。

表2:所得を被説明変数とした場合の推定結果の概要
表2:所得を被説明変数とした場合の推定結果の概要
注1)社会関係資本の係数のみ記載し、他の変数については省略している。
注2)( )内は標準誤差、***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%の有意水準で有意であることを示している。

さらに、社会関係資本の形成要因の分析結果から、大学教育は社会関係資本を高める効果を持つことが明らかとなった。所得の内生性を考慮した上でその水準をコントロールした場合、高校を卒業していることは市民参加や信頼と協調の規範に対して有意に正の効果をもつが、個人的ネットワークと社会的ネットワーク・サポートについては負の効果をもつ(注5)。また、高専・短大については個人的ネットワークと社会的ネットワーク・サポートに対して、大学以上の高等教育については4つの側面全てについて有意に負となる(表3)。このことは教育の直接的な効果(所得を固定した場合の効果)は負となっている可能性を示している。しかし、教育水準の高さは所得を高め、所得は社会関係資本を高める効果を持つ。特に大学についてはこの所得を通じた間接的な効果は大きく、総合的には社会関係資本の形成に対して正の影響を与えている(注6)。

以上の結果は、個人が能動的に社会関係資本を形成することで、所得の増大につなげることができる可能性を示している。個人の社会関係資本は、個人の意思とは関係のないさまざまな要因からの影響を受けているが、教育という手段を通じて自らの意志で形成していくこともできる。つまり、市場経済を基盤とする現代の経済社会においても、個人が社会関係資本の形成にインセンティブを持ちうることを示している。このことは、インセンティブを通じて社会関係資本の形成を促すことができ、そのための政策を今後考えていくことの重要性を示唆している。

表3:社会関係資本を被説明変数とした場合の推定結果の概要(教育と世帯所得)
表3:社会関係資本を被説明変数とした場合の推定結果の概要(教育と世帯所得)
注1)教育および世帯所得の係数のみ記載し、他の変数については省略している。
注2)( )内は標準誤差、***、**、*はそれぞれ1%、5%、10%の有意水準で有意であることを示している。
脚注
  1. ^ 分析において用いる所得は世帯における1年間の所得である。これは使用するデータの制約にもよるが、世帯の所得を用いることで、世帯内での個人がもつ社会関係資本の効果を分析することができる。
  2. ^ 2010年調査は平成22年度日本大学学術研究助成金(総合)「ソーシャル・キャピタルを考慮した高齢者に優しいまちづくりの研究」(研究代表者:日本大学 稲葉陽二)、2013年調査は平成25年度文部科学省科学研究費補助金(基盤研究(A))「ソーシャル・キャピタルの政策含意―その醸成要因と地域差の研究」(課題番号:24243040, 研究代表者:日本大学 稲葉陽二)を受けて実施されたものである。これらのデータの利用についてご許可をいただいた日本大学法学部稲葉陽二教授に改めて感謝したい。
  3. ^ 主成分分析とは複数の指標から全体の情報をより多く表せる主成分を抽出する方法であり、たとえば、近所の人とのつきあい、親戚とのつきあい、友人・知人とのつきあいといった指標から、他人とのつきあいの総合的な指標を作成することが可能となる。
  4. ^ 異時点間での動学的な最適化を考えた場合、現時点での資本の蓄積の程度は将来を見越して決定されていることになる。このため、将来への不安と現時点の所得とは関係があるはずである。社会関係資本についても同様に考えることはできる。しかし、他人への信頼や他人とのつきあいといったものが将来への不安によって決定されているということは現実的な想定ではないだろう。
  5. ^ 今回用いたデータでは高校を卒業していないサンプルの多くは高齢者である。高齢者の中には、経済的事情により不本意ながらも十分な教育を受けることのできなかったサンプルも多いと考えられ、それが結果に影響している可能性も考えられる。この点は今後の検討課題の1つである。
  6. ^ 総合的な大学教育の効果が正となることは、所得の決定式と社会関係資本の決定式をもとにした誘導形の推定結果から確認できる。なお、高校を卒業することの所得に対する効果は正であることから、間接的な効果を考慮すると、社会関係資本の形成に対する高校を卒業することの総合的な効果は負ではない。