ノンテクニカルサマリー

新規開業企業の取引金融機関数が当該企業への貸出に与える影響に関する実証分析

このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

地域経済プログラム (第四期:2016〜2019年度)
「地方創生に向けて地域金融に期待される役割-地域経済での雇用の質向上に貢献するための金融を目指して-」プロジェクト

複数行取引の功罪に代表される取引金融機関の数に関する研究は、近年の銀行論研究における重要なテーマとして、これまでに数多く蓄積されてきた。従来の研究では、主に企業の資金利用可能性、倒産リスク、企業業績を対象とした分析が行われてきたが、取引金融機関数が実際の銀行貸出に与える影響については、分析されてこなかった。上記の影響を明らかにするには、貸出が企業側の要因(借入需要要因)に依存するのか、それとも金融機関側の要因(貸出供給要因)に依存するのかという「識別問題」に対処する必要がある。この問題への対処が難しいことが、実際の貸出を用いた分析がこれまで行われてこなかった主な要因として挙げられる。

識別問題に対処し、取引金融機関数が銀行貸出に与える影響について明らかにすることは、中小企業への金融の円滑化を図るためにも重要である。とりわけ直接金融による資金調達が困難な非上場の若い中小企業は、すべての企業のなかで資金制約が最も深刻な状況に直面しているため、上記の影響を明らかにすることは、政策的含意の観点でも大きな意義があると考えられる。

以上のような問題意識のもと、本稿では、設立直後の非上場の中小企業を分析サンプルとして、新規開業企業の取引金融機関数が当該企業への貸出に与える影響について分析した。識別問題に対処(貸出供給要因を抽出)すべく、「企業の取引金融機関同士の合併」を操作変数とした二段階最小二乗法を用いて分析した結果、取引金融機関数の増加は長期貸出金を増加させることが明らかになった(付図(B)の(2)列を参照)。さらに、頑健ではないものの、複数行取引は長期貸出金を増加させる可能性、および長期貸出金の増加は当該企業への貸出総額を増加させる可能性も示された(付図(A)、(B)の(5)、(3)列を参照)。なお、取引金融機関数が外生的であることを帰無仮説としたDurbin–Wu–Hausman検定は、(1)列から(6)列において有意水準10%で棄却されなかった(取引金融機関数が内生的であるという証拠は得られなかった)。

以上の結果は、(1)取引金融機関数が企業の返済可能性を表すシグナルとして機能していること、(2)たとえ一行でも他の金融機関が融資を実行していることがとりわけ重要なシグナルになること、を示唆している。

付図:取引金融機関数が新規開業企業への貸出に与える影響
付図:取引金融機関数が新規開業企業への貸出に与える影響
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一般に、取引金融機関数は企業の成長とともに増える傾向があるため、取引金融機関数に関する議論をさらに深めていくことは、成長著しい若年中小企業の支援に有用な知見を得ることにつながると期待できる。とりわけ企業の成長段階に応じた最適な取引金融機関数に関する分析は、地域経済の新たな担い手を創出する起業の成功確率を高めるためのインプリケーションを導出するうえでも、不可欠であると考えられる。