ノンテクニカルサマリー

JGBイールドカーブとクレジットスプレッドカーブの無裁定決定要因

執筆者 沖本 竜義 (客員研究員)/鷹岡 澄子 (成蹊大学)
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

その他特別な研究成果(所属プロジェクトなし)

問題の背景

債券市場では異なる満期をもつ国債とともに、異なる満期やクレジットリスクをもつ社債が取引されている。国債のイールドカーブや社債のクレジットスプレッドカーブは、各債券のデフォルトリスクやインフレーションリスクなどを反映しており、各カーブの決定要因を明らかにすることは、景気予測、金融政策、国債発行政策、デリバティブの価格付やヘッジなどの観点から非常に重要な問題である。

日本の債券市場は、近年、日本銀行(日銀)の金融緩和政策に大きな影響を受けている可能性が考えられる。1999年2月にゼロ金利政策が日銀により導入され、2001年には量的緩和政策が導入された。その後、2010年10月に包括的金融緩和政策が開始され、2013年3月には量的・質的金融緩和政策が導入されるなど、幾度となく金融緩和政策が拡張されている。その結果、2000年以降、国債の短期金利はほぼゼロに抑制され、長期金利は低下傾向が続いてきた。しかしながら、それは弱い実体経済やインフレを反映したものである可能性もあり、金融政策が国債のイールドカーブや社債のクレジットカーブの重要な決定要因になっているかを明らかにすることは、市場関係者だけではなく政策当局者にとっても大変興味深いことである。

本研究の目的は、上記のような観点に基づき、国債のイールドカーブや社債のクレジットスプレッドカーブの決定要因を明らかにすることである。そのために、本研究では、国債イールドカーブと社債クレジットカーブに関して、観測可能なマクロ経済変数をファクターとするアフィン期間構造モデルを提案し、日本のデータを用いて、無裁定条件に基づいて2つのカーブの決定要因を分析することを試みる。

本研究の主な結果

本研究で得られた結果は次のようにまとめられる。まず、国債のイールドカーブに関しては、金融政策指標と米国10年国債金利が重要な決定要因であることが明らかになった。それに加えて、質への逃避行動を通じて株式市場の不確実性が大きな影響を持つことが明らかになり、それ以外の指標の説明力は限定的であることが明らかとなった。つまり、欧米の先行研究において重要であるとされてきた経済指標やインフレ指標は、日本の国債市場においては、重要な決定要因となっておらず、金融政策や海外市場要因が支配的な役割を果たしていることが示唆されたのである。過去15年間において、各変数が果たしてきた役割を明らかにするために、10年物国債金利の過去15年間の平均からの乖離に対して、各変数が寄与した部分を図に表したものが図1である。図から明らかなように、近年の国債金利の低下には、金融政策の拡大と米国金利の低下が大きな役割を果たしていることが判明した。

社債のクレジットカーブに関しては、国債の3つの決定要因に加えて、米国クレジットスプレッド、機械受注、景気動向指数の変化率が、格付にかかわらず追加の決定要因として採用された。したがって、社債市場においては、経済指標が少なからず影響をもつものの、インフレ指標は影響をもたないことが、日本の債券市場の大きな特徴の1つであることが明らかとなった。各変数が果たしてきた役割を明らかにするために、5年物社債のクレジットスプレッドの過去15年間の平均からの乖離に対して、各変数が寄与した部分を図に表したものが図2である。図から明らかなように、近年のクレジットスプレッドの低下には、金融政策の拡大が大きな役割を果たしていることがわかる。また、AA格とA格に関しては、リスク要因が比較的重要な役割を果たしている一方、BBB格に関しては、経済要因がより大きな役割を果たしており、格付によって、主要な要因が異なることも確認された。

政策的インプリケーション

本研究の結果、国債のイールドカーブと社債のクレジットスプレッドカーブに対して、金融政策が支配的な影響を及ぼしていることが明らかとなった。日銀は、1999年にゼロ金利政策を開始して以降、量的緩和政策、包括的金融緩和政策、量的・質的金融緩和政策など、さまざまな金融緩和政策を行い、金融緩和を拡大していった。

本稿の結果から、これらの金融政策の拡大が、近年、国債金利やクレジットスプレッドを大きく低下させていることが明らかとなった。言い換えれば、金融政策が債券市場においては期待された効果を上げていることが確認され、金融緩和を継続していくことに、一定の重要性があることが示された。それと同時に、金融政策が縮小されると、国債金利やクレジットスプレッドが上昇していく可能性も示唆しており、現在の金融緩和の出口戦略を実行する際には、より慎重な政策運営が必要となるといえよう。また、日本の国債金利が米国の国債金利にも大きな影響を受けることも示唆している。現在、米国連邦準備銀行は、金融緩和の縮小を実施しているので、米国金融政策の影響を注視していくことは、日銀が国債金利をコントロールしていく上で重要であろう。

最後に、本研究の結果から、日銀の金融政策が債券市場に一定の成果を挙げている可能性が示唆されたが、それが実体経済にどのような影響を与えたかを解明することは、今後の興味深い研究課題である。

図1:10年物国債金利変動の要因分解
図1:10年物国債金利変動の要因分解
図2:5年物クレジットスプレッド変動の要因分解
図2:5年物クレジットスプレッド変動の要因分解
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